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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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ありがとう…… -Ceciliya- Ⅳ【転機】①

 目の前にある一本道を、ひたすら歩いていた。

 明かりもなく周囲は暗いのに、その道だけははっきりと見えている事が不思議だ。

 いつから歩き出したのかさえ思い出せない。

 一体、この道はどこまで続いているのだろうかと、セシリヤは立ち止まって後ろを振り返る。

 けれど、景色は変わらず辿って来た一本道が伸びているだけだった。


 ……その内、どこかに辿り着けるかな。


 再び前を向いて一歩踏み出した直後、


「待って、セシリヤ」


 聞き慣れた声に呼ばれて立ち止まれば、目の前にはハルマが立っていた。

 出会った頃と何一つ違わないハルマの姿を目にしたセシリヤは安堵し、子供のように彼に抱き着いた。


「ハルマ……!」

「間に合って良かった」


 セシリヤを抱き止めたハルマは、彼女を腕に抱いたまま「話を聞いて欲しい」と言う。

 その真剣な声音に緊張するセシリヤだったが、小さく頷いて同意すれば、ハルマの安堵したような溜息が聞こえて来た。


「改めて、お前の元に戻れなかった事を謝らせて欲しい。ずっと、お前の元へ帰りたいと思っていた。でも、結局出来なくて、独りぼっちにさせてしまった。邪神の手を取った挙句に呪いまでかけて、更にお前を苦しませてしまった。……本当に悪かったと思ってる」

「もうそれは良いの。私もあの時、大嫌いだなんて思ってもない事を言っちゃったから……。ハルマの気持ちも考えないで、私を嫌って呪いをかけただなんて思い込んでいたし……、大嫌いだなんて言って、誤解してごめんね、ハルマ……。

 ずっと、ハルマの事は大事な家族だと思ってる。今でも……」


 セシリヤがハルマと一緒に過ごしたのはたったの数年だが、言葉では語り尽くせない程の思い出が溢れて来る。

 幼い頃に両親を亡くしたセシリヤにとって、ハルマは本当に兄の様な存在だった。

 そして思い違いでなければ、ハルマもセシリヤを妹の様に可愛がってくれていたのだと思う。

 例え異世界に置いて来たハルマの本当の妹の姿と重ねていたとしても、接してくれていた彼の気持ちは本物であったと信じている。

 そうでなければ、邪神の手を借りてでも守ろうなどとは思わないはずだ。


 しばらくお互いに身体を寄せ合っていれば、ハルマが思い立ったようにセシリヤから離れた。

 どうしたのかとハルマの顔を見上げれば、彼は僅かに眉を下げながら笑って見せる。


「本当は、もっと話したい事がたくさんあったんだ。……でも、いつまでもここでこうしてはいられない。俺は俺の行くべき所へ、お前はお前の行くべき所へ向かわなきゃいけないんだ」

「……ハルマは、どこへ行くの?」


 ハルマの言葉で、セシリヤの心に不安が過った。

 まるでこれから別々の道へ進まなければならないと言われているようで……、お別れだと言われているようで、思わずハルマのシャツを掴んだ。


「俺は、この道を真っすぐに。お前は、その反対側へ。随分歩いて来てしまったから、戻るには時間がかかるけど……、信じて歩いていれば辿り着けるはずだ」

「ハルマも一緒に行こう? 行かないなら、私がハルマと一緒に……」


 セシリヤが言いかけた所で、ハルマは曖昧に笑うと首を横に振って見せる。

 一緒には行けないよと、言葉にこそしなかったが、それが彼の意思(拒絶)である事は一目でわかった。

 そして、その理由を問う程セシリヤは鈍感ではない。

 気付いた途端に、じわりと瞳が滲んだ。


「セシリヤ……。これから先も辛い事がたくさんあるかもしれない。でも、楽しい事もたくさんあるはずだから。生きている限り誰にでも訪れるそれらを乗り越えて、お前は幸せになるんだ。誰の為でもなく、お前自身の為に」

「……うん」

「俺はもうお前の傍にはいてやれないけど……、遠くから、お前の幸せを願っているよ」

「ハルマ……、ありがとう……。ハルマと出会えて、良かった」

「俺も、この世界でセシリヤに出会えて良かったと思ってる」


 ハルマの指先がセシリヤの涙を拭い離れて行く。

 これ以上泣いてはハルマを困らせてしまうと涙を堪えたセシリヤは、強引に微笑(わら)って見せた。


「よし……、それじゃあ行っておいで、セシリヤ」


 ハルマがセシリヤの肩を抱いて方向転換させる。

 今まで歩いて来た道が、ずっと先まで続いていた。


「……この先を、真っすぐ……?」


 明かりも何も見えず足を踏み出す事を戸惑っていれば、ハルマがそっとセシリヤの背中を押し出した。


「大丈夫。時間はかかるかも知れないけれど、信じて振り返らずに、前だけを見て歩いて行くんだ。必ず、辿り着くから」


 ハルマの言葉を信じて一歩足を踏み出せば、不思議と次の足も同じように前へ踏み出す事が出来た。

 振り返れば、きっとハルマが見守ってくれているだろう。

 けれど、これ以上心配はかけたくないと言う一心で、セシリヤはただ前を向いて歩いた。

 時折流れる涙を、手の甲で拭いながら。

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