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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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大事な何かを護らなければならなかった -Leon- 【記憶】①

 鈍い頭痛に、浅い眠りから目が覚める。

 夢を見ていたような気もするが、本当にそれが夢だったのかも判別がつかない程に曖昧で、しかし、懸命に何かに手を伸ばしていた事だけは覚えている。


 大事な()()を護らなければならなかった。


 けれど、それが一体何であったのかは思い出せないままでいる。

 生きた時間が長ければ長い程に漠然として行くそれは、いつしか自分の存在理由さえも浸蝕して行くようで、押し寄せる不安を振り切るように騎士団へ志願し剣の腕を磨き、魔術の勉強に明け暮れ、文字通り身を粉にすべく日々を過ごして来た。

 出自不明である事で苦労を強いられもしたが、やがて積み重ねた数多の功績は正当に認められ、第一騎士団長と言う栄誉を与り、けれどそれでも浸蝕された心が癒される事はなく、満たされる事もなく日々は過ぎて行く。

 拭えない空虚感をひた隠しにして、ただ、生かされているのだ。

 護らなければならなかった()()を見つける為だけに。

 人であったのか、約束であったのかすらも思い出せない、それだけの為に。


 ベッドから降り、まだ夜明け前の空を見上げれば、低く垂れこめた雲が月も星も覆い隠していて、小さな水滴がポツポツと窓ガラスを叩いていた。


「……雨か」


 徐々に強くなって行く雨音と襲って来る憂鬱な気分に溜息を吐き出すと、大切な何かに届かなかった手をそっと握りしめた。



【10】



 清潔感のある白で統一された医療棟に入ると、どこからかヒステリックな怒鳴り声が響き渡って来た。

 怒鳴っているせいか、何を言っているかまでは明確に理解する事は出来なかったけれど、所々で「セシリヤ」と言う固有名詞が出されていた為におおよその見当はつく。

 怒声の主は医療団副団長のフレッドで、その怒りの矛先は今まさに廊下の向こうから此方へ歩いて来る彼女に向いているのだろう。


「レオン団長、お疲れさまです」

「やあ、今日も仕事は順調なようだね」


 レオンが苦笑しながら声をかけると、セシリヤも同じように苦笑して「お陰様で」と答える。

 仕草や表情を見る限りではただの女性にしか思えないのだが、彼女は治療の腕も良ければ護身術も手練れているのだから侮ってはいけない。

 一部では彼女を<医療棟の悪魔>と呼んでいるようだが、手が付けられない程に暴れる者や理不尽な振る舞いをする者に対して容赦ないだけで、大人しくさえしていれば、腕の良い善良な医療団員だ。


 そう言えば、そんなセシリヤに完膚なきまでに叩きのめされ、彼女に一矢報いる為にアルマンが躍起になっていたのは、いつの事だっただろうか。(結局、アルマンも叩きのめされた事がトラウマになっているのか、副団長に昇格した後も大人しくしているようだが)

 最近では狼藉者に一泡吹かせた挙句、入院期間きっちり人格矯正したとかしないとか……、噂は噂でしかないが、セシリヤならばやり兼ねない。

 彼女の経歴を知るレオンにはさして驚くような事でもなかったが、前代未聞の事をやって退ける彼女は多分、色々な意味で医療団には刺激が強いのかも知れない。

 そんな彼女であるからこそ、今日は何をしてフレッドを怒らせたのかは聞かなくても容易に想像できてしまう。

 思わず小さな笑いを洩らすと、セシリヤは少しだけ恥ずかしそうにレオンへ抗議の視線を投げた。


「すまない、君らしいと思ってね」


 肩を竦めて見せると、セシリヤの視線が今度は手元に向けられている事に気が付いた。


「何方かのお見舞いですか?」

「非番ついで……、と言う訳ではないのだけれど、長らくここで世話になっている部下の所に」


 持っていた花束をセシリヤの目線に合わせると、彼女は直ぐに思い当たる人物がいたのか、病室まで案内すると踵を返した。

 昔から他よりも洞察力に優れている彼女は、ほんの少しの会話だけで瞬時に何を求めているのかを察し、こうして相手が言葉にする前にそれを差し出してくれる。

 それも、適度に。

 過剰な気遣いはただのお節介に他ならない事を、彼女は理解しているのだ。

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