いつか叶うと信じて -Dino-Ⅶ【不屈】⑤
軽快なノック音に返事をすれば、珍しい人物が病室を覗き込む。
魔術団長のイヴォンネだ。
書類を書いていたディーノは、一旦手を止めるといつもの通りに姿勢を正しイヴォンネを迎え入れた。
「姿勢なんて正さなくて良いわよ。怪我人なんだから楽な姿勢になさい」
「いえ……、そう言う訳には……」
本当に律義な子ねと苦笑するイヴォンネは、ディーノが書いていた書類を取り上げるとそれに軽く目を通す。
書いていた書類は、イヴォンネがくれたブレスレットの石についての報告書だった。
あのブレスレットを受け取った日に、使用した後にどんな効果があったのか、どんな副作用があったのか報告して欲しいと言われていた為だ。
あの日から、四週間。
ブレスレットを使い気を失ったディーノは無事に目覚める事は出来たものの、身体が受けたダメージはそう簡単に癒えるはずもなく入院生活を余儀なくされている。
外傷はほぼ回復しているのだが、魔力を無理矢理増幅させた為に損傷した内臓の機能がまだ完全に回復していなかったせいだ。
とは言え、処理しなければならない業務は大量に残っているのが現状で、ディーノは気が気ではなかった。(他の団員に負担がかかる事が気になって仕方ないのだ)
故に、何もしないで安静にしているよりは少しでも何かしていた方が気も紛れて良いと、無理を言ってジョエルから僅かばかりだが書類整理の仕事を回してもらっていた。
しかし、つい先程その書類の処理も終わり、空いた時間を使ってイヴォンネに報告書を書いていた所だ。
「あの石、効果は絶大だったみたいね」
「ええ……。びっくりするほどありましたが……、下手をすると使用者が死んでもおかしくないですよ。もう少し加減が必要かと……」
「やっぱり、改良が必要か……。まあ、偶然の産物だったし、同じ物がまた作れるかどうかは運なんだけど……」
「出来ればもう、お目にかかりたくはないですね……」
「そう? でも、それなりに良い事はあったでしょう?」
にやりと笑ったイヴォンネの言葉に、ディーノはあの時の出来事を思い出す。
――― 貴女が言う"俺の明るい未来"には……、貴女が必要なんだよ!
セシリヤにかけた言葉を思い返したディーノは、恥ずかしさに顔が赤くなって行くのを止められない。
どう聞いても、あれは完全に愛の告白だった。
しかも、多くの騎士達が謁見の広間に駆け付けていた事にも気づかないまま叫んでいたのだ。
目覚めた時から妙な視線が送られてくるとは思っていたが、まさか騎士団内で噂になっているとは思っても見なかった。
セシリヤに言った言葉に嘘偽りはなかったが、流石にこれは恥ずかし過ぎる。
一部の騎士達の間では美談として語られているようで、特に女性の騎士からの注目はディーノにとって非常に居心地が悪かった。(悪い意味での注目でない事はわかっているが、とにかく恥ずかしいのだ)
早く噂など消えてくれたらいいのにと呟けば、イヴォンネは「実ると良いわね」と珍しく笑顔で報告書を片手に病室を出て行ってしまった。
完全に他人事である。




