いつか叶うと信じて -Dino-Ⅶ【不屈】④
「貴女は、生きるべきだ……」
身体を動かす度に、言葉を発する度に全身が悲鳴を上げている。
それでも立ち上がり、覚束ない足取りで更にセシリヤの元へディーノが近づけば、ユウキがディーノを支えるように肩を貸してくれた。
「セシリヤさん……、貴方は、生きるべきだ。どうして向き合う事を、差し伸べられた手を取る事を怖がっているんだ! ここにいる人間は、少なくとも貴女を否定しない……! どんな感情を持っていようが、貴女にちゃんと向き合ってくれている! 例え貴女が背を向けていようとも、ずっと貴女に手を差し伸べていてくれていたんだ!」
「ディーノさんっ……! 血が……」
再びディーノの口から血が吐き出され、慌てたユウキが制止しようとするが、ディーノの言葉は止まらない。
「呪いがあるから何だってんだよ! 呪いだろうが何だろうが、そんなもんは関係ねぇ! 俺が……、貴女の全部を受け止める! 他の誰かが"呪い"を理由に貴女に背を向けたとしても、俺は貴女に背を向けるなんてしねぇよ! 例えこの先短い時間しか残らなかったとしても……、貴女がどんな姿になったとしても……、俺は貴女に背を向けるなんて事は絶対にしねぇ!」
恥も外聞もなかった。
向き合おうとしている人間がいるのに、それに背を向けて逝こうとするセシリヤを、ディーノは引き止める事に必死だったのだ。
しかし、それでも何の反応も示さないセシリヤを見たディーノは、眼帯を乱暴に外し隠れていた左側の顔を曝け出した。
周囲から息を飲む音が聞こえて来るが、そんな事すらも気にならなかった。
「貴女は、一度だって俺のこの顔を醜いと言わなかった! それどころか、誇れと言ったんだ! 俺にとって、罪の証でしかなかったこの傷痕を! 俺は、貴方のその言葉に救われたんだ! だから……、俺が……」
そこまで言いかけたディーノは、この先何を言おうとしていたのかを考える。
彼女に救われたから、恩を返すのか。
彼女に救われたから、全てを受け入れるのか。
彼女に救われたから、救うのか。
どれもが違うと、ディーノの本心が言っている。
飾り立てた言葉も、耳障りの良い言葉も、きっと彼女には届かないだろう。
一度俯きぐっと唇を噛み締めたディーノは、再び顔を上げるとセシリヤの顏を見る。
そして、
「これは、責任とか、ましてや罪滅ぼしなんかでもねぇ……! 貴女が言う"俺の明るい未来"には……、貴女が必要なんだよ!」
自然と口から零れる言葉を叫んだ。
言葉を発し終えたディーノの身体が完全に限界を迎えたのか、とうとう立っていられずに片膝を地面についてしまった。
身体中が形容し難い痛みを訴え、意識を保っているだけで精一杯だ。
顔を上げることもままならずに俯いていれば、不意に名前を呼ばれた気がして必死に声が聞こえた方へ顔を上げる。
美しい菫色の瞳。
それが、確かにディーノの姿をとらえていた。
すぐにセシリヤへ言葉をかけようとするが、それよりも先に吐血したディーノは少しずつ暗くなって行く自分の視界に心の中で舌打ちする。
……もっと、伝えたい事がたくさんあるのに。
ここで意識を失った後、無事に目を覚ます事が出来るのかはわからない。
ただ、視界と意識が遮断される寸前に見えた淡い微笑みが夢ではない事を願い、それから―――……、
【62】




