いつか叶うと信じて -Dino-Ⅶ【不屈】①
気がつくと、マティが倒れた所だった。
辺りを見回せば、この場にいなかったはずの勇者とアルマンがおり、二人はマティの最期をじっと見つめていた。
気を失っている間に、彼らが問題を解決してくれたのだろう。
あれだけ立ち込めていた黒い霧も晴れ、魔物の姿もない。
セシリヤも怪我はしているが無事だったようで、レオンが手を差し伸べ助け起こそうとしている。
自分の不甲斐なさに呆れながら、気を失っている間に一体何が起こっていたのか状況を確認しようと、ディーノは痛む身体を強引に起こした。
その直後、
「セシリヤ……!」
「セシリヤさんっ!」
叫ぶ二人の声に顔を上げれば、セシリヤの背中に黒い霧で出来た剣が突き刺さっていた。
レオンに抱き止められたセシリヤに駆け寄る複数の足音と、彼女の名前を呼び懸命に意識を繋ぎ止めようとする声。
刺さった剣を魔術で何とかしようとしているユウキの姿までが、まるで別世界での出来事のように思えてしまう程衝撃的な光景だった。
……脅威は去ったはずなのに、どうして彼女だけが苦しんでいるんだ?
何度も魔術を施そうとしているユウキだが、描いた術式が僅かに輝くだけで何も起こらない。
どうやら魔力が足りず、魔術が発動出来ないようだ。
どれくらいの魔力があればその魔術を使えるのか皆目見当もつかないが、誰もそれについて触れないと言うことは、きっとここにいる人間では賄えない程の量が必要なのだろう。
仔猫を抱き締めながら肩を震わせるユウキに向かって、セシリヤが何か声をかけているようだが遠くて聞き取れない。
「セシリヤさんっ……! 大丈夫なんて言わないで下さい! 僕はまだセシリヤさんに何も返せていないのにっ……!」
ユウキが叫ぶように答えたが、セシリヤの反応が返って来る事はなかった。
……あの人が死ぬなんて、あり得ない。
セシリヤの胸元にあった禍々しい文様を思い出したディーノは、思うように動いてくれない身体を懸命に動かして彼女の元へ近づいて行く。
一歩足を踏み出す度に傷口から血が流れ出していたが、今はそんな事を気にしてはいられなかった。
ユウキの背後に立ち、そこから見えたセシリヤの姿にディーノは息を飲む。
戦いで負った痛々しい傷と赤く染まる服。
破れた服の隙間から見える肌にあったはずのあの禍々しい文様は、見当たらなかった。
―――……初代勇者である王と共に、魔王を封印した時にかけられた呪いです。これがある限り、私は老いる事も死ぬこともできません。
セシリヤが言っていた呪いの証。
それが消えたということは、もう彼女は"不老不死"ではないのだ。
呪いが消える事は喜ばしい事だが、こんな形でセシリヤの人生が終わってしまうなど、ディーノには受け入れ難い事実だった。
一体どうすればセシリヤを救えるのかと、ディーノが血の気の失せた彼女の顔を見つめていれば、ユウキの瞳から零れ落ちた涙がセシリヤの頬に当たって滑り落ちて行くのが見えた。
一滴二滴と零れ落ちた涙を目にしたディーノは、ふと、懐にしまってある小さな袋を思い出してそれを取り出した。
中に入っているのは、いつかイヴォンネが偶然出来た産物だと言ってくれたブレスレットだ。
このブレスレットには"魔力を一時的に増幅させる石"がついている。
もしかしたら、これがこの状況を打開するものになるのではないだろうか。




