役目を果たさなければならない。 -Yuki-Ⅳ 【決戦】⑩
「無駄だと言ったはずだ! もう、お前たちに勝ち目など無い! 諦めろ!」
セシリヤの身体を抉るようにマティの剣が引き抜かれ、傷口から出る血が彼女の白い制服を赤く染め上げて行く。
それでもセシリヤは倒れる事無く立っていた。(並の精神力では出来ない事だ)
マティは呆れたように溜息を吐き出すと、掴み上げていた優希を乱暴に投げ捨て、身体に刺さっているセシリヤと優希の剣を強引に引き抜いた。
「そろそろお前たちの茶番に付き合うのも、うんざりだ。これで、終わりにしよう」
マティが剣を構えなおすと、つられるようにセシリヤも態勢を整える。
しかし、どう足掻いてもマティに勝つことは不可能だ。
"邪神"がいる限り、彼は絶対に死ぬことはない。
このまま放って置いてはセシリヤが無駄死にするだけだ。
「セ……、セシリヤ、さん……! ダメです!」
優希の脳裏にセシリヤの亡骸がちらつき彼女を止めるべく声を上げるが、喉が潰れかかっていて声がうまく出ない。
何とか立ち上がろうと足に力を入れても、身体は思うように動いてはくれなかった。
優希が瞬きをした一瞬で両者が足を踏み出し、剣を振り上げる。
成す術もないまま、優希はただそれを見ていることしか出来なかった。
二本の剣がぶつかり合う直前、セシリヤの前に防御魔術の壁が現れ彼女を守る。
どうやら王が残った力を振り絞って魔術を放ったようだ。
次にマティを見やれば、いつ意識が戻ったのか晴馬とアルマンが彼の背後から剣を突き刺し牽制していた。
「最後の悪あがきか! 無駄な事を!」
マティが風の魔術を放ち、風圧で晴馬とアルマン、そしてセシリヤを吹き飛ばす。
それから迷わずセシリヤの元に近づいたマティは、うまく受け身を取れずすぐに起き上がれない彼女に向かって剣を向ける。
「フシャオイ、そこで見ていろ。お前が守ろうとしていたものを壊される様をな!」
そう叫んだマティが勢いよく剣を振り下ろそうとした瞬間、彼の口元からごぽりと血が溢れ出した。
「……何だ?」
口から溢れ出た血を手の甲で拭ったマティが呟き、それから何か異変に気が付いたらしい彼は焦ったように自分の身体を見た。
今まで攻撃を受けていた傷口部分から突然血が流れ出し、やがてそれは勢いよく噴き出し始めたのだ。
「これは……、一体何が起こっている……!?」
マティ自身も状況がよく理解できていないのか、血の噴き出している傷口を必死に押さえていた。
優希が呆然とその姿を眺めていれば、更に何かに気づいたマティが声を上げる。
「そんなっ……、まさか……、あいつも"契約者”だったのか……!?」
彼の言う"あいつ"が誰なのかはわからないが、誰かがマティと契約している"邪神"を消滅させたのかも知れないと優希は直感した。
ようやく起き上がる事が出来たセシリヤも、目の前で狂ったように叫ぶマティを呆然と見つめている。
晴馬もアルマンも、王さえも同じように。
「"神様"……! 貴方は……あの時っ、母親ではなく俺を選んで下さいました……! 貴方が俺を見捨てるなど、あり得ない……!」
空を見上げて訴えるマティの顔は、勝利を確信した時とは違って絶望に染まっていた。
何度も"神様"と叫んでいるマティの姿は、"狂信者"そのものだ。
「"神様"……! 貴方だけが俺の唯一なのに……! どうして……! どうして貴方まで俺を裏切るんだッ!」
身体から血液を失い、マティの呼吸が荒く浅くなって行く。
それでも彼は必死に"神様"に叫び続けていた。
烈火のごとく怒り出したと思えば、まるで捨てられた子供のように縋りつくその姿は、先程まで凶行に走っていた人物なのだろうかと疑ってしまう程に不安定だ。
その様子に皆困惑し、誰一人としてマティに声をかける事が出来ない。
そうしている内に、失血でマティの身体は正常に機能しなくなり、とうとう床へ膝をついた。
辛うじて座った状態になったマティが諦めたように口元だけ歪ませると、ゆっくり空を見上げて手をのばす。
ブツブツと何かを言っているようだが、弱々しくて何を言っているのか聞こえない。
一頻り何かを呟いた後、空に向かって伸ばしていたマティの手は重力に従い落ちて行き、次いで身体が倒れた。
ここにいる誰もが息を飲み、それからピクリとも動かなくなったマティの様子を見て、ようやくこの戦いが終わった事を自覚する。
壊れた城の壁から城下を見やれば、上がっていた火の手が徐々に鎮火していく様子が見えた。




