役目を果たさなければならない。 -Yuki-Ⅳ 【決戦】⑧
今、この場でマティとまともに戦えるのは晴馬とセシリヤしかいない。
実践で何の役にも立てない事に奥歯をきつく噛み締めていれば、背後から激しく剣のぶつかり合う音が聞こえた。
晴馬がマティと戦っているのだろう。
アルマンを治療している為に戦況を見る事は叶わないが、晴馬がマティの相手をしている内になんとか治療を終わらせなければと、優希の手に力が籠る。
視界が僅かに歪むのは、負った傷が痛むせいだと自分に言い聞かせながら、くちびるを噛み締めて零れ落ちそうな涙を必死に堪えた。
「……何泣いてんだ、勇者」
不意に不機嫌そうな声が聞こえて視線を移せば、声の通りの表情をしたアルマンの顔が見える。
思わず彼の名前を呼ぼうとした優希だったが、アルマンは咄嗟に優希の口を塞ぐと「声を出すな」と念を押し、静かに話を始めた。
「今、マティはレオン団長……? ハ、ハルマ? だかとの戦いに集中していて、俺の意識が戻った事に気づいてねぇ。このままお前は治療を続けるフリをしながら、この黒い霧を消す魔術を準備しとけ。思いっきりデカいのぶちかませるようにな。俺が隙をついてマティに攻撃を仕掛けたら、すぐに魔術を放て。そうしたらこの転移魔具を使ってすぐに応援を呼ぶんだ。出来るだろ?」
そう指示してポケットから転移魔具を取り出してくれたアルマンに頷いた優希は、治療魔術を中断して言われた通りに術式を描き始める。
アルマンの腹部の傷は粗方塞がったとは言え、前線で戦うにはまだ不十分だ。
にもかかわらず、文字通り命がけで彼はマティの凶行を止めようとしている。
そんなアルマンを改めて尊敬しながら、優希は彼の期待に応える為にもその瞬間に集中する。
「……リアン。黒い霧を全部消し去れるように、魔力は惜しまないで送ってね」
元々あの魔術は膨大な魔力を消費する為ある程度セーブして使っていたのだが、それではもう間に合わない所まで来てしまっている。
肩に乗っているリアンに小さな声で言い聞かせると、優希はいつでも魔術を放てるように待機した。
……失敗は、絶対に許されない。
背後から聞こえる音が一層大きく響いた直後、どちらかの剣が弾かれ床に倒れたような音がする。
直後、アルマンが素早く起き上がりマティに向かって斬りかかった。
同時に優希が魔術を放てば、黒い霧と魔物が一瞬にして消え失せて行く。
優希はこの隙に転移魔具に魔力を注ぎ込んだ。
「謁見の広間にっ、応援を要請します……っ! 謁見の広間に……、応援をお願いしますっ!」
けれど、転移魔具は一切の反応を示さない。
黒い霧は確かに消えたはずなのにと、焦る優希は再び転移魔具に魔力を注いで見る。
しかし、結果は何も変わらなかった。
「どうした、勇者っ!」
「アルマンさんっ……、魔具が反応しません!」
マティの剣を受け止めていたアルマンにそう訴えれば、マティがこちらに視線を向けて不敵に笑って見せた。
「魔具は永久に使える物じゃない。強い魔力の影響を受け続ければ壊れるのも当然だろう?」
「それって……」
消し去った黒い霧自体が濃く強い魔力で作られていた事を悟った優希の顔色が変わる。
それを見たマティは大きく嘲笑いながらアルマンを容易く斬り捨てた。
「お前たちの考えている事はお見通しなんだよ! 俺がどれだけこの国を亡ぼす為に入念に準備したと思っている?」
マティが再び狙いを優希に定め、近づいて来る。
剣を握ろうにも震えて手に力が入らない優希は、思いつく限りの術式を描いて魔術を放ち抵抗した。
しかし、どれもマティの前では一瞬でかき消されてしまう。
連続して魔術を放った為にリアンも疲弊しきってしまったのか、バランスを崩して優希の肩から落ちて行った。
「リアンっ!」
絶望が、すぐ目の前に迫っている。




