ホントに君、何者なの? -Silvio- 【嘘】④
考えれば考える程に解らないと頭を捻っていると、同じように考え込んでいたアンジェロが訊ねてくる。
「そもそも、あの扉の先に何があるんですか? 自分が入団した時から立ち入り禁止だったので、何があるのかも全く知らないんですけど」
そう言えば、副団長と言う地位についていながらもアンジェロの入団年数はまだ浅かったなと、もっともな質問に納得してしまう。
優秀であるが故に彼の出世は早かったが、確かに、知らない事は多いだろう。
しかし、
「僕も同じだよ。何も知らされてない。あの扉の先にあるものを知ってるのは、王とアンヘルのみだからね。もし立ち入りを許されるとしたら……、王と同じ異界の勇者様だけかもね」
これが事実だ。
あの扉の奥に何があるのかは、誰も知らない。
けれど、この世界に明るみに出てはいけない重大な何かがそこにあるだろうことは予測できる。
何故王がそれを頑なに封じているのか真意は解らないけれど、もしかすると、王ですら背負うには荷が重すぎるもので、仮にそれを解放してしまう事で、誰かがその荷を背負わなければならないことを危惧しているのではないだろうか。
彼は、異界から召喚されこの世界を救うと言う荷を勝手に背負わされ、やり遂げた勇者だ。
だからこそ、他の誰にもそれを背負わせてはならないと、そこに仕舞い込んでいるのかも知れない。
厳重な結界を張ってまで。
そうだとしたのなら、本当にお人好しにも程があると心の中で毒づき、
「何にせよ、自然に壊れることはまずないし、城内で起こった事だから、念の為に身内の警戒も怠らない方が良いと思ってさ。……君、口堅いでしょ?」
「……いつの間にか勝手に団長のアリバイ工作に使われるだけあって、口は堅いでしょうね」
「わあ、さすがアンジェロ! やっぱり君が僕の部下で良かった!」
シルヴィオの言葉に心底嫌そうな顔をするアンジェロだったが、生真面目で上の命令には絶対忠実な彼の事だ、良い仕事をしてくれるだろう。
ついでに、この退屈な執務も全部やってくれると助かるんだけどと付け足すと、ゴミを見るような目で見られた挙句に舌打ちされたのでそっと引き下がった。(確実に立場はこちらが上のはずなのに、この扱いだ、ひどすぎる)
扱いの酷さを嘆き机に突っ伏していると、目の前の書類の山の嵩が減り、顔を上げれば呆れた顔のアンジェロがその一部を持っているのが見える。
「まさか、手伝ってくれるの? 君、本当にできた部下だよね!」
「団長のあなたがこうですからね、嫌でもそうなります。誰かがやらないと、仕事も溜まるだけですし。……で、この第四騎士団の魔物の巣窟の件はどうするんですか?」
呆れを通り越して最早諦めの溜息を吐き出したアンジェロの持っていた書類に再び目を通し、
「少し離れてはいるけど小さな村もあるみたいだし、位置を考えるとこれ、優先した方が良いね。第四騎士団の監視区域だから、後の事はシルベルト団長に任せちゃって良いよ。手が空いたら書類と資料、届けに行ってくれる?」
「わかりました」
出された指示通りに仕事を処理して行くアンジェロに頼もしさを覚えながら、数を減らした残りの書類に手を伸ばした。
書かれている内容に目を通し、記載してある名前を目にしたシルヴィオは、この人物について教えて欲しいと言ったあの書庫で出会った青年の顔を思い出し、思わず声が漏れてしまう。
「……セシリヤ・ウォートリー」
「えっ?」
ごく小さな声だと思っていたのだが作業していたアンジェロの元にまで聞こえていたらしく、何でもないよといつもの調子で流そうとしたシルヴィオだったが、アンジェロの表情を見る限り、声の大きさに反応した訳ではなく、紡がれた名前に反応しているように見え、
「アンジェロ、彼女の事知ってるの?」
「いいえ、何も知りません! 手が空いたので、第四騎士団の兵舎へ行ってきます」
そう言って慌ただしく書類を持って執務室を出て行くアンジェロを見送ると、その分かりやすい彼の態度に噴き出してしまう。
あの態度は、知っていますと言っているのと同じだ。
あれで本当に内密に動くことができるのか心配ではあるけれど…、まあ、そこは彼を信じてみよう。
……それにしても。
「ホントに君、何者なの?」
綺麗な文字で書かれた名前をなぞり、書類の山にそれを戻して窓から見える医療棟を眺めた。
調べても、不自然な程に何も出てこない彼女の経歴。
マルグレットもジョエルも、レオンでさえも彼女については何も語ってくれない。
そして、どう言う訳なのかアンジェロも彼女について何かを知っているようで、けれど彼らに彼女を知るべく共通点など、あっただろうか?
入団の時期もバラバラで、産まれてから今まで過ごして来た時間も異なっているはずなのに、何故彼らは……。
一つの線に結びつかない点は、彼女に疑問を抱けば抱く程に増えて行くばかりで、その全容は掴めないままだ。
ただ、ひとつだけ確信しているのは、年月を経ても何一つ変わっていない彼女が、普通の人間ではないと言う事だけ。
「……まあ、僕も言えた義理じゃないけどね」
医療棟の窓から小さく見えたその姿に手を振ると、こちらに気づいた彼女が遠慮がちに手を振り返す。
手袋の下、手の平に刻まれた、忌々しい印が僅かに疼いた気がした。
【END】
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