役目を果たさなければならない。 -Yuki-Ⅳ 【決戦】③
ぼとり、とマティの首が落ちる音が小さく響く。
この場にいる誰もが驚愕し、声を失った。
優希も、ただマティの首を斬り落とした人物を見つめるだけだ。
「……レ、オン……?」
王が掠れる声でそう呟いた。
赤い襟の制服を纏った人物は、まごう事無く第一騎士団長のレオンだ。
振り抜いた剣を静かに下ろしたレオンは、体勢を整えるとゆっくりこちらを振り返り、周囲を見渡した後視線をセシリヤへと定める。
その顔からはいつもの穏やかな表情は消えていて、まるで別人のようだ。
「……レオン、団長……?」
走る事を止めてふらりとレオンに近づいたセシリヤは確認するようにレオンの名前を呼び、そしてすぐに何かに気がついたのか、手にしていた剣を床に落としてしまった。
剣と堅い床がぶつかり合う音が広間に響き渡る。
その直後、セシリヤの口から零れた言葉が静かに空気を揺らした。
「……ハルマ……?」
「!?」
その名前を聞いた優希と王は強く反応を示し、思わずレオンを凝視してしまう。
セシリヤと"ハルマ"と呼ばれたレオンは暫くの間黙ってお互いを見つめ合うと、それから、どちらともなく歩み寄って行った。
一歩一歩、確実な足取りで。
手の届く距離まで近づいた二人が視線を逸らす事は、一度もなかった。
「……セシリヤ……」
「ハ、ルマ……っ……! 本当に、ハルマなの?」
震える手をのばし、レオンの手を握ったセシリヤは、何度も確かめるように晴馬の名前を呼んだ。
「見た目は変わってしまったけれど、俺は間違いなく晴馬だ」
「……ハルマ……っ! わ、私っ、ハルマに酷い事を言って……、それでっ……」
「良いんだ、セシリヤ。大丈夫。それより、長い間お前を一人で待たせて、悪かったな」
晴馬の手が、セシリヤの頭をそっと撫でる。
まるで、小さな子供をあやす様な、優しい手つきと眼差しだ。
優希はようやくここで警戒を解くと、静かに二人の元へ近づいた。
せっかく再会出来た二人を邪魔をする事に抵抗はあったが、どうしても晴馬に話を聞きたかったのだ。
(アルマンは何となくややこしくなりそうな空気を読みとったのか、倒れている騎士達の様子を見てくれているようだ)
一体、どうして"邪神"と契約する事になったのか。
どうしてレオンが晴馬であったのか。
そして、レオンは何処へ行ってしまったのか。
他にも聞きたい事は山程ある。
セシリヤから少しだけ離れた場所に立ち止まると、優希はレオンの瞳の色が変わっている事に気が付いた。(どう言う仕組みで変化したかまではわからない)
日本人に多く見られる黒褐色の瞳。
セシリヤもそれに気づいて直感的に晴馬と断定したのかも知れない。
優希がどう話を切り出せば良いのか悩んでいれば、同じように二人の様子を窺っていた王が先に口を開いた。
「貴方が、千月晴馬だったのか……。まさか、こんなに近くにいたとは……」
「……」
「私が、"勇者"だと勝手に名乗ってしまったばっかりに、"魔王"と言う汚名を着せてしまった……。本当に、申し訳なかった……!」
王の声が徐々に尻すぼみになり、最後の方は嗚咽で聞き取る事が難しかったが、晴馬にはしっかり聞こえていたようで、セシリヤの頭を撫でていた手を離すと王の方へ向き直る。
「君も、突然この世界に召喚されて困惑しただろう。自分に"勇者"だと言い聞かせてこれまで頑張って来た君を怒るなんて事は、俺には出来ない。それに……、全てを背負ってこの世界に留まり、俺を助けようとしてくれていたんだろう? セシリヤの事も大切にしてくれていた。謝罪をするのは俺の方だ」
残酷な選択をさせてすまなかったと頭を下げた晴馬は、次いで優希へ向き直る。
優希がびくりと肩を揺らすと、晴馬は怖がらせないように微笑んで見せた。
「君も、俺のせいで巻き込まれた被害者だ。色々悩んだだろうし辛かっただろう。本当に、すまなかった……」
「あっ……、いえ、そのっ……僕は……何も……」
とにかく顔を上げて欲しいと言えば、晴馬は素直に顔を上げてくれる。
その様子にほっとした優希は、ここでようやく何故晴馬が"邪神"と契約に至るまでになったのかを訊ねた。




