全ての元凶 -???-【因縁】⑨
「ディーノ副団長……!」
セシリヤが名前を呼ぶと、壁に叩きつけられたディーノは剣を支えにして立ち上がって見せる。
しかし、魔物にやられた傷は浅くなかったようで、騎士団の制服が見る見るうちに赤く染まって行った。
再び魔物がディーノに向かって牙を剥いて襲いかかり、ディーノもそれに応戦するが、どう考えても状況は魔物の方が有利だ。
すぐにディーノを助けようと術式を描くセシリヤだったが、マティがそれを許さないと言わんばかりに魔術で攻撃を仕掛けて彼女の動きを止める。
同時に魔物がディーノを蹴り飛ばし、その身体が強く床に叩きつけられた。
満身創痍のディーノは、最早立ち上がる事も難しいだろう。
そう判断したマティは、魔物を霧に戻すと自ら止めを刺すべくディーノに近づき剣を振り下ろした。
けれど、マティの剣はセシリヤが放った防御魔術に阻まれてディーノには届かない。
更に炎の矢がマティ目がけて飛び、それを全て避け切ると、いつの間にかディーノから随分と距離が離されていた。(恐らく、わざとそうなるように避けられるレベルの魔術を放ったのだろう)
小賢しいと舌打ちし、攻撃目標をセシリヤに変え剣を向けたマティだったが、セシリヤに剣が届く直前にディーノが間に入りその刃を受け止めた。
「まだ立つ気力があったのか」
何か言いたそうなディーノだったが、先程魔物にやられたダメージが響いているのか鍔迫り合いの状態を維持するだけで精一杯のようだ。
ディーノの傷ついた身体にマティが蹴りを入れると、ディーノはあっさり膝をつき血を吐き出した。
「ディーノ副団長っ!」
セシリヤがディーノに駆け寄ろうとするが、マティの剣がそれを阻んだ。
剣の切っ先が僅かにセシリヤの首の皮膚を傷つけ、そこから薄く血が滲む。
「おい……、まだ勝負はついてねぇぞ、マティ……!」
まだ諦めていないのか、再び立ち上がったディーノを一瞥したマティは、呆れたように鼻で嗤った。
「そんなにこの女が大事か、ディーノ。騎士である事に誇りを持ち、王に忠誠を誓った所でこうして女に現を抜かすとは……、所詮お前もただの男なんだな」
「だったらどうした……。安い挑発には乗らねぇよ」
それならばとマティは視線をディーノからセシリヤに移すと、剣先で彼女の衣服の一部を切り裂いた。
「ここで存分にお前を辱めた後なぶり殺すのも、中々良い余興になりそうだな」
顔色一つ変えないセシリヤにそう吐き捨てると、再び剣の柄を握ったディーノがセシリヤに向けられているマティの剣を弾く。
けれど、マティの手から剣を離すまでには至らない。
次いでマティの手首に狙いを定めたディーノだったが、残念ながらマティにはそれもお見通しだ。
軽くその攻撃を避けたマティは、隙だらけになったディーノの腹部を容赦なく蹴り飛ばした。
僅かに後退して衝撃を弱めたようだが、既にボロボロのディーノの身体には大して意味はないだろう。
床に投げ出されたディーノは懸命に身じろいでいたが、どう見ても起き上がれるような状態ではなかった。
「そこで無様に這いつくばりながら、大人しく見ていろ、ディーノ!」
マティはそう吐き捨てると、今度こそセシリヤに向かって剣を振り上げる。
それと同時に後方から光の矢がマティに向かって飛び、マティの持っていた剣を弾いて床に落とした。
光の矢が掠ったのか、マティの手袋は裂けそこから血が滲んでいる。
「セシリヤに触れるな……! お前が憎んでいるのは私だろう!?」
魔術を使った負担に耐え切れず、血を吐きながら叫ぶフシャオイを振り返ったマティは、心の底から沸々とわき上がる怒りを抑える事が出来なかった。
マティの身体を傷つけたと言うことは、マティの敬愛する"神様"を傷つけたも同然なのだ。
最も憎むべき"存在"に傷をつけられたと言う事実が、マティには許せなかった。
「そんなに死にたければ、今すぐにでもそうしてやる!」
マティがフシャオイに向かって歩き出した所で、今まで黙っていたセシリヤから呼び止められる。
振り返れば、真っ白な鞘から引き抜かれた剣がマティに向けられていた。
医療団に移動してから、長らく抜かれる事の無かったセシリヤの剣が控えめに輝きを放つ。(手入れだけはしていたのだろう)
マティを真っすぐにとらえている二つの菫色の瞳は、怒りの感情を滲ませていた。




