全ての元凶 -???-【因縁】⑦
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「セシリヤ……っ! 今すぐっ……、今すぐにここから逃げるんだっ!」
マルグレットに治療を施していたフシャオイが叫んだが、セシリヤはその声に従う気はないようだ。
マティは拘束の魔術を解くと、足元に倒れているアンヘルの身体を蹴りその場から退かした。
「マティ副団長……。ご自身が今何をしているのか、理解なさっているのですか?」
「理解しているさ。これからこの国を灰になるまで焼き尽くして、あいつが"偽りの勇者"だったと世界に向けて暴露してやるんだ」
マティがそう言い放つと同時に、アンジェロとディーノが駆け付けて来る。
どちらも今ここで何が起こっているのかすぐには理解出来ず、ただ現状を見て驚いているようだ。
「セシリヤさん……っ、これは……、一体何があったんですか!?」
「見てわからない程無能なのか、アンジェロ? 今、この国の崩壊が始まったんだよ!」
セシリヤではなくマティがアンジェロの問いに答えると、すぐに捕縛すべきと判断したのか拘束の魔術がマティ目掛けて放たれ、再び手足に魔力の鎖が絡みついて来る。
三重に拘束魔術を放ったようだが、術式は単純な為に解除は実に簡単だ。
「マティさん! 何を言っているのか解ってるんですか!? これが本当にマティさんの言った通りなら、反逆罪ですよ!?」
「反逆罪? 俺は元々あいつに忠誠など誓ってないんだから、それは違うな」
拘束魔術を難なく破るとマティは即座に炎の魔術を使って火球を放ち、更に風の魔術を乗せれば複数の大きな火球が勢いを増してアンジェロに襲い掛かる。
いくつかは上手く躱し、ひと際大きな炎の塊を防御魔術で防ごうとしたようだが、アンジェロの魔力では防ぎきる事は出来ずに直撃した。
一瞬にして炎に包まれたアンジェロだったが、すぐにセシリヤが水の魔術で鎮火させる。
炎に包まれたのが僅かな時間だったとは言え、強力な魔力で放たれた攻撃はアンジェロの動きを封じるには十分だった。
すぐにセシリヤがアンジェロの容態を確認しに駆け寄ると、ディーノが手に持っていた剣をセシリヤへ渡し、二人を守るように前に立ちはだかる。
「マティ……、お前が死骸の消える魔物をロガールに手引きしていたのか?」
ディーノがマティを鋭く睨みつけて問うと、マティは鼻で嗤って答えた。
「ああ、そうだ。あの魔物を作り出すのにどれだけ多くの魔物の死骸が必要だった事か。死骸を回収して使えるようになるまで、苦労したぞ」
マティの記憶にある"死骸を操る魔術"は未完成だった為、それを応用して作ったのが"死骸の消える魔物"だった。
死骸を回収し、その死骸に残る魔力の残滓を使って本体に似せた魔物を作り出しロガールに放つ。
"消える魔物"が消滅した際に出る黒い霧はそのままロガールに留まり、少しずつ空気に馴染み、やがて今回のように魔力の妨害を始めるのだ。
勿論、国に張られている結界も例外ではない。
更に、馴染まなかった霧の一部は再び時間をかけて同じ形の魔物に戻ると言う仕組みになっている為、何度倒しても完全に消える事はない。
アンリエットの作ったベースの術式がなければ、そんな高等な魔術を作る事は出来なかっただろう。
「人間の遺体でも試して見たが、どう言う訳かうまく形にならないんだ。本体と似ても似つかない化け物にしてしまう事には、流石に心が痛んだよ」
「下衆が……! よくも故人を冒涜するような真似を……!」
マティの言葉にディーノが静かに怒りを見せる。
けれど、マティにはそれが滑稽に見えて仕方がなかった。
ディーノが下衆呼ばわりした魔術は、元々はウォートリー家の人間が作った未完成の魔術を改変したものだ。
つまり、ディーノがマティを下衆と言うのなら、それはウォートリーの血を引くセシリヤにも言える事なのだ。
親しくしていた人を知らずとは言え下衆呼ばわりしていると思うと、滑稽で嗤えてくる。
何がおかしいと問うディーノにその事実を教えてやっても良いと思ったが、その前にもっと大事な話がある事を思い出したマティは、一頻り笑った後ディーノに向かって話を続けた。
「せっかくだから、お前に良い事を教えてやるよ。お前が騎士学院の生徒を引率した日に起こった惨劇は、"消える魔物"の試作品が暴走したせいで起こったんだ。お前はずっと責任を感じていたようだが、あれはお前のせいじゃない。事実が知れて良かったな。これで生き残ったお前は罪悪感から解放されるだろう?」
「……お前……っ!」
ディーノの右手は剣の柄にかけられており、今すぐにでも斬りかかって来そうな勢いだが、流石に挑発とわかっているのか簡単には動かない。
どこまで我慢できるのか見物だと、マティは更にディーノを挑発すべく言葉を吐いた。
「そんなに怒るなよ。それに、その魔物を作る為の元になった魔術を作った人間がいるんだ。それなら、そいつを恨むべきじゃないのか? 未完成とは言え、そんな魔術を残した人間に問題があるとは思わないのか?」
話を続けるマティの視線は、アンジェロを介抱するセシリヤをとらえている。
何の苦労も知らずに、ただ周囲から大切にされ守られて来たセシリヤの顏がどう歪むのか、マティは知りたかった。
同時に、
……未完成の魔術を作った人間がお前の血縁である事を暴露すれば、少しは同じ気持ちを共有する事が出来るだろうか?
セシリヤにも自分の境遇を理解して欲しいと言う欲が芽生える。
この世界で自分を唯一理解してくれるのは彼女しかいないと、マティの本能が告げていた。
マティの歪んだ思考が、セシリヤに向かって牙を剥く。
「俺は、ウォートリー家の人間が作った魔術の術式を改変しただけだ。大元の魔術を作って遺したウォートリー家の人間を恨むべきじゃないのか!」
「!?」
セシリヤがその言葉に反応し顔を上げ、マティの視線をとらえた。
絡んだその視線の先にある瞳は、驚きと動揺で僅かに揺れている。




