全ての元凶 -???-【因縁】③
気分は高揚していた。
長い間念入りに計画した復讐劇を、ついに実行する時が来たのだ。
計算外な"魔王"の乱入には驚いたが、逆にそれが功を奏した形になったと口元が緩む。
「アンヘル……ッ!」
耳障りな声が広間に響くが、それも間もなく事切れると思うと惜しいとさえ思えて来るのが不思議だった。
すぐ目の前に立っているアンヘルの首元に剣を突き付け首の皮を浅く切り裂くと、息を飲む音が聞こえて来る。
ゆっくりと視線を動かしてこちらを見たアンヘルも、驚いているのか声を上げることすら出来ないようだ。
「マティ……、どうして……!」
どうして無傷でここにいるのかと言う顔をしているアンヘルと王を一瞥すると、マティは崩れ落ちた天井の更に上にある空を指差した。
「お二人にも、ちゃんと効果があったようで何よりです。無意識に空を見上げてくれていたお陰で、難なく精神に干渉する事が出来ました」
「精神に干渉だと……?」
訝し気に声を上げたアンヘルに、マティは致し方ないとばかりに説明を付け加える。
「精神に干渉し、私の姿を一時的に存在しないものとして暗示をかけたんです」
そして空に浮かぶあの文様は、精神に干渉する為に必要な条件の一つだ。
見えなくとも無意識の内に何度もあの文様を目にする事によって脳に刷り込まれたそれを介し、暗示をかける事が出来るのだ。(ただし、何度も連続して使えない事だけが難点だ)
「面白い程ここいる全員が暗示にかかってくれたので、安心しましたよ」
元々あった術式を改変してマティが作り出したこの魔術は建国際の時にも利用したが、思っていた以上に効果覿面だ。
「お前が"禁術"を持ち出したのかっ……」
アンヘルがマティを射殺さんばかりに睨みつけていたが、そんな威嚇など通用しない。
禁術を持ち出したと言う表現はやや違うが、そう大差ないと鼻で嗤って肯定すれば、アンヘルの喉からグルルと言う声が漏れ聞こえて来る。
視線をアンヘルから逸らして王を睨みつけると、マティは紳士的な態度を止めて素に戻した。
「さて……。ここに来るまで、本当に長かったぞ、王」
「何故お前がこんな事を……!」
王のその質問に答える義理はマティには微塵もなかったが、あえてここで答えてやれば更に絶望へと叩き落す事が出来るかも知れないと考え直して声を上げる。
「王……、いや、フシャオイ。お前が獣人達と共に滅ぼしたストラノ王国を覚えているか?」
「……覚えている。今でもあの王の顔は忘れられない」
「それは、なによりだ。……だがお前は、最悪の暴君と今でも語り継がれているストラノ王の血族が逃げ延び、その子孫が今でも謂れの無い罪を償わされていることまでは知らないだろう」
「血族が生き残っているのか……!?」
ストラノの血族もすべて滅びたと思っていたのか、事実を聞いたフシャオイの顔色は蒼白だった。
「お前の目は節穴か? 今、こうしてお前の目の前にいるだろう!」
「まさか……、お前があの王の血族だったとは……っ、……何と言うことだ……!」
倒れるようにして椅子の背もたれに寄りかかった王の身体から力が抜けて行く様を見て、マティは更に話を続ける。
「命からがら逃げ延びた血族は、ストラノの血が流れていると言う理由だけで多くの人間から虐げられて来たんだ! ストラノ王自身が犯した罪であるにもかかわらず、その"血"を恨み呪い、謂れの無い罪を被ってな! 自由もなく、身に覚えのない罪を償わされる人間の気持ちなど、お前にはわからないだろう!? お前がこの世界を"魔王"の手から救った"勇者"と持て囃され、暴君を倒したと称賛されている影で、俺たちはずっと謂れの無い罪を償わされ続けて来たんだ! 全ての元凶は、"異世界人"であり"勇者"であるフシャオイ、お前だ!!」
マティがそう言い切ると、間髪入れずにアンヘルが反論した。
「王が全ての元凶……? 逆恨みも甚だしい! 王は逃げる血族をあえて見逃して下さった! 王国が滅亡した後彼らを追撃もせず、罪にも問わなかった! もしもその血族が困っていたのなら、手を差し伸べるようにと慈悲まで与えて下さった! 勝手に罪の意識を持って償うと選択したのは、お前たち自身ではないのか! 全てを忘れて平穏に暮らす事も選択出来たのに、そうしなかったのはお前たち自身ではないのか!」
アンヘルの反論を聞いたマティは、盲目的にフシャオイを信じている彼を憐れだと心底思う。
フシャオイは、アンヘルや他の人間たちが思っているような"勇者"ではない。
マティの母親が持っていた手帳には、ストラノ王国が行っていた実験や研究についての詳細が記載されており、その中に"異世界人"を召喚した記録もあった。
しかし、別々の時期に召喚された"異世界人"のそれぞれの処遇は記録してあったが、何れも"勇者"であるとはどこにも書かれていなかったのだ。
そうとは知らずにフシャオイを"勇者"と崇め忠誠を誓い、敬愛している全ての人間達が憐れで仕方なかった。




