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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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全ての元凶 -???-【因縁】②

「……ごめんなさい。あなたの言う通りだったわ。私達が犯した訳でもない罪を償うなんて、おかしい話だったのよ。あなたを産んだ事も、すべてが間違っていたの。私達は、最初からこの世界に生を受けるべきではなかった……」


 表情とは裏腹に、感情のこもっていない冷たい声。

 少年は思わず後退った。


「今夜、神様が私の願いを叶えて下さるの。月のない夜に、この村の住人の魂を全て捧げれば、何でも願いをひとつだけ叶えて下さるって!」


 興奮しているのか、今まで聞いた事のない母親の高揚した声が少年に戦慄を覚えさせる。

 少年が更に後退れば、母親も同じ分だけ距離を詰めた。


「あなたも言っていたわよね。私たちが置かれているこの現状は理不尽だ、って。でも、既にこの世に生まれている私達には死を選ぶ事しか出来ない。でも、それじゃああまりにも私達が可哀想でしょう? だから、神様の力を借りることにしたの。魂を神様に捧げる代わりに、この理不尽な世界を正してもらうのよ! ねえ……、あなたなら、わかってくれるわよね?」


 母親が血まみれのナイフを振り下ろし、少年は間一髪でそれを避けたが刃先が掠ったのか僅かに頬が裂ける。

 恐怖心で感覚がマヒしているのか、不思議と痛みは感じなかった。


「避けちゃだめよ? あなたを苦しませたくないの。最期くらい、お母さんの言うことを聞いてちょうだい! この理不尽な罪から……、世界から解放される為に!」


 狂人のようになってしまった母親の姿が、少年の目に悲しく映る。


 ……一体どうしてこんな事になってしまったんだろう。


 優しく穏やかだった母親との思い出が走馬灯のように蘇るも、再び迫り来る刃が少年の意識を強引に現実へ引き戻した。

 咄嗟に細い両腕を出し辛うじて母親の腕を掴むと、少年は必死に抵抗した。

 間近で見た母親の顔は酷く歪み、まるで悪魔のようだ。


「お母さんごめんなさい僕が悪かったから元のお母さんに戻ってもう我儘は言わないから理不尽な世界でもお母さんがいれば僕は生きていけるごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 少年の悲痛な叫びは母親の耳に届く事無く、闇夜に飲まれて行く。

 少しずつ迫る刃が少年の喉元に触れた直後、母親が何かの気配に気づき顔を上げた。


「神様! ついに……私の願いを叶えて下さるのですね!」


 半狂乱になって目には見えない"神様"に縋りつく母親は、もう少年の知っている母親ではない。

 唯一自分を愛してくれていたはずの母親に裏切られた少年は、深い絶望へと突き落とされた。


 もしも、自分の先祖が罪を犯していなければ。

 もしも、理不尽な先祖の罪など背負わなければ。

 もしも、"勇者(異世界人)"など存在していなければ。



 ……こんな事にはならなかったのに……!



 少年の絶望は怒りに変わり、その矛先は"異世界から来た勇者"へと向けられる。

 異世界から来た人間が"勇者"を名乗ったばかりに、獣人達が反乱を起こしストラノ王国は滅亡した。

 今も細々と生き続けているストラノの子孫は、行く先々で理不尽な生活を強いられていると言うのに、どうして"勇者(異世界人)"はそれを救わずのうのうと生きているのか。

 身体に流れる先祖の血がどんなに薄まったとしても、犯した罪は許されないとでも言うのだろうか。

 全ては顔も知らない先祖がした事であると言うのに、どうして自分がその罪を償わなければならないのか。

 少年を否定し自分だけ救われようとする母親も、本当の弱者を助けてくれない"勇者"も、この世界も、全てが理不尽だと思えてならなかった。


 ……自分に力があれば、異世界から来た"勇者"を同じように絶望の淵に叩き落してやれるのに……!


 "復讐"と言う歪んだ二文字が脳裏に過った直後、少年に向けられていた刃が母親の喉を切り裂いた。

 崩れ落ちて行く母親の身体は、まるで糸の切れた操り人形のようだ。

 母親の身体が完全に地面に倒れ伏すまで見届けた後、少年は一冊の手帳が遺体の傍らに落ちている事に気づき拾い上げた。

 パラパラとページを捲って見ると、そこには随分古い記録のようなものが書かれているようだった。

 そしてとあるページに記載してある内容を目にした少年は、震える手で手帳を懐にしまうと、やり場のない気持ちをぶつけるように両手を強く握りしめる。

 同時に違和感を覚えてゆっくりと両手を開いて見れば、そこには村人たちの遺体が積まれていた広場に描かれてある文様が刻まれていた。


「……かみさま?」


 母親が何度も口にしていたその言葉を吐き出すと、手の平の文様が少年に答えるかのように僅かに疼く。

 同時に、この"神様"だけが自分に手を差し伸べてくれた事を自覚した。


 理不尽な世界で、唯一の少年への救いだった。


 それから少年は村に火を放ち、村ごと焼いてこの惨劇を隠蔽した。

 燃え盛る炎を眺めながら、少年は一晩中目に見えない"神様"に今まであった出来事を語りかける。

 少年の言葉に答えてくれる声はなかったが、手の平に刻まれた文様が疼く度に不思議と心は落ち着いて行った。


 すっかり落ち着きを取り戻した少年は、この村を出た後、どうすべきかを考える。


 まずは一国の王となった異世界の勇者を、絶望の淵に叩き落とす為に力をつけなくてはならない。

 しかし、十歳にも満たない子供がたった一人でこの村から異世界の勇者が治めている国へ行くのは難しい。

 魔術の知識があっても、実践した事のない少年が野生の魔物に太刀打ち出来るとは到底思えない。

 白んだ空をぼんやりと見上げながら頭を悩ませ、一面焼け野原になった村に立ち尽くしていれば、遠くから複数の馬の蹄の音が聞こえて来た。

 馬に乗った彼らの姿を見る限り、恐らく、偶然通りがかった傭兵団なのだろう。

 お世辞にも柄が良いとは言えない彼らは村の惨状を見て眉を顰め、そこに立ち尽くしていた少年を見つけるとすぐに駆け寄って来た。


「おい、坊主。一体ここで何があったんだ?」

「…………」


 傭兵団の団長と思しき男がそう訊ねるが、少年は答えなかった。


「団長。このガキ、ショック状態で口がきけなくなってんじゃねぇのか?」

「まあ、この惨状じゃあそうなっても仕方ねぇな……。このまま放っておくわけにも行かねぇし、とりあえず保護って事で連れて行こう」


 小さな少年であった事が幸いし、勝手に勘違いして手を差し伸べてくれた男達を見た少年は、心の中で嗤った。


 ……この傭兵団を利用すれば、いずれ勇者が治めている国へ辿り着けるはずだ。


 少年は、団長と呼ばれた男が差し出す無骨な手を握り、村に背を向ける。

 腹の底で煮え滾る感情を押さえつけながら、少年の復讐劇が水面下で始まった瞬間であった。




【60】

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