ただ、キミの愛が欲しい -Silvio-Ⅵ【誤算】⑧
そこに封印されていた魔王の痕跡を見つけたシルヴィオは、迷うことなくその場所に近づいた。
魔王を拘束していた鎖は粉々に砕け、その傍らには三代目勇者の使った剣が落ちている。
およそ二十年が経過しても刀身が折れる事もなく、また錆びる事もない特別な勇者の剣。
じっとそれを眺めていれば、不意に視線のようなものを感じて振り返った。
そこには長い年月を重ねる間にボロボロになった神像が、寂し気に佇んでいる。
……これが、"魔王"と呼ばれる"邪神"の神体なのだろうか。
よく観察すると、自然の風化とは別に剣で執拗に傷つけられたような形跡がある。
……これも、"三人目の契約者"による仕業なのか?
恐る恐る神体に手を触れて見ると、シルヴィオの手を強く拒絶するような反応はなく、僅かにピリピリとした刺激が走るだけだった。
……この邪神の力は、かなり弱っているみたいだ。
これならば、シルヴィオが契約を乗り換える事は簡単だろう。
しかし、現状を考えるとそれはあまり得策ではない。
今、"魔王"がロガールにいることによって、"三人目の契約者"は警戒しながらその陰に隠れて動いている。
もしもその間にシルヴィオが"邪神"と契約をして"魔王"が消滅すれば、今度は残った"三人目の契約者"の独壇場になってしまうだろう。(更に、"魔王"のかけた呪いから解放されたセシリヤに危害が及ぶ可能性もある)
それこそ最悪な状況だ。
同等の力を持っているシルヴィオがそこに駆け付けられない以上、疲弊したロガールの壊滅は避けられない。
……三人目と契約してる"邪神"を何とか出来れば良いんだけど。
"邪神"と契約を結ぶ為には、"邪神"と意思を疎通出来るものがなければならない。
"邪神の神体"か、もしくは"僅かな魔力の痕跡"でも良いのだ。
とにかく、契約を結びたい"邪神"と"繋がる何か"があれば。
しかし、"三人目の契約者"がここを出入りしていたと言うのに、この神殿にはその邪神に繋がる痕跡が見当たらない。
長期間に渡って出入りしていれば多少なりとも痕跡は残るはずなのに、ここまで痕跡がないとなれば余程慎重な人物だったのだろう。
……ここで手詰まり……、いや、それだけはダメだ。
ここで諦めては今までシルヴィオが準備して来た事全てが無駄になってしまうと思い直し、手あたり次第に痕跡を探し始める。
……いくら慎重に行動していたとは言え、どこかに必ず何かがあるはずだ。
最悪見つからなければ、壁に描かれた文様をどうにかして利用するしかない。(そうなるとかなり骨の折れる作業になってしまうが)
痕跡を探して歩き回り、それから不意に足先に何かが当たった瞬間、強い電流のようなものがシルヴィオの身体を駆け抜けた。
他者を強く拒絶するようなこの強烈な感覚を、シルヴィオはよく知っている。
すぐさま足元に当たったものから離れ自分の足先にある物に目を凝らせば、どうやら折れた剣の破片のようだった。
他の部分が無いと言うことは、この破片だけ回収し損ねたのだろう。
「……っ、見ぃつけた……ッ!」
シルヴィオの足先に触れただけであれだけ拒絶反応を見せると言うことは、これが"三人目の契約者"の"邪神"に繋がるものに間違いない。
……これで、チェックメイトだ。
シルヴィオの口端が上がり、美しい弧を描いた。
この契約の乗り換えを成功させる自信はある。
その為だけに日々、重ねたくもない身体を重ねて魔力を貯蓄して来たのだ。
これから何をしようとしているのか察知した"シルヴィオに宿る邪神"の警告が身体中に走るが、そんなものはどうでも良かった。
短剣を取り出し手袋の下にある契約印ごと切り裂けば、鮮血が迸る。
「それじゃあ、僕と新たに契約を結ぼうじゃないか。名前も知らない、三体目の邪神様」
シルヴィオの手の平から溢れ出る赤い血が、小さな破片に降り注いだ。
【END】




