ただ、キミの愛が欲しい -Silvio-Ⅵ【誤算】⑥
「はい、ここに大量の転移魔具がありまーす。対になっている魔具はロガール内にあるから、これを使えばすぐにでもロガールに戻れるよ。ちょっと別の目的の為に使ったから耐久度はかなり下がってるし、ここにいる全員を転移させられるかどうかはわからないけど……」
シルヴィオが隠し持っていた転移魔具をその場にいた騎士達に見せると、彼らは唖然とし、誰一人としてその魔具の出どころについて突っ込める者はいなかった。
しかし、唯一それを出来るイヴォンネがシルヴィオの言葉を遮り、襟を掴んでガクガクと乱暴に揺さぶる。
「どうしてこんなに転移魔具を持ってるのよ! 魔術団で厳重に管理しているはずなのに……! あなた、一体何をしたの!?」
「今は良いじゃない、そんな事は。とりあえずこの状況を打破できる方法があるんだから、それくらい目を瞑ってよ。それとも使わないで没収しちゃう?」
答えは一つしかない事を知りながら問うシルヴィオの言葉に何も言えなくなったイヴォンネは、一瞬渋い顔を見せたが、すぐに冷静になると足元に落ちている転移魔具を拾い上げた。
「……あなたの言い訳は全部終わった後で聞いてあげるわ。それで、ロガールに繋がっているって言ってたけど、どの辺りに出られるの?」
「対の魔具の設置は僕がした訳じゃないから正確にはわからないけど……、運が良ければ城内のどこか、悪くても城下を囲むサクラの木の辺りかな?」
そこまで悪い場所って訳でもないと思うけど、と続けたシルヴィオは、先程からざわついている騎士達へこの転移魔具に賭けてロガールに戻るかどうか選択を迫る。
今現在はロガールを覆っている魔力が中和されているが、それも時間が経過すれば効果はかき消されてしまうだろう。
そうなれば、再び転移魔具は使えなくなってしまう。
「どの魔具がロガールのどこに繋がっているかはわからないけど、最短拠点に行くよりはマシでしょ?」
ロガールにさえ到着すれば後はなるようになると続けて彼らを促せば、一番最初に立ち上がったのは意外にもレナードだった。
「俺は一足先に行くぜ。今日の定期連絡の担当にはマティもいたはずだ。それも含めて、団員の無事を確かめなきゃならねぇからな!」
そう言うと、レナードは地面に転がっている魔具を適当に一つ選んで魔力を流し込み、あっと言う間に消えて行った。
その様子を見ていた第七騎士団の騎士達も、レナードに続いて次々と魔具に魔力を流し込み消えて行く。(元傭兵が多い団だからだろうか、その思い切りの良さと勇気は見習いたい所だ)
「……で、キミたちはどうするの? これ以上悩んでる暇はないよ」
急かすようにシルヴィオが問いかければ、まごまごしていた騎士達も心を決めたのか、魔具に触れると次々に魔力を流し込み始めた。
騎士達をロガールへ送り終え、この場に重要な役職を任された人物だけが残ると、彼らは戦力が偏らないようにそれぞれ別々の魔具を手に取って魔力を流し込み姿を消して行く。
アルマンとユウキが同じ魔具を選び共にロガールへ戻った所で、魔具の殆どが負荷に耐えられず壊れてしまった。
「やっぱり短時間であの人数を転移させるにはキツかったみたいだね。多分この魔具も、あと一人を転移させるので限界かも知れない」
罅が入りつつも何とか正常に作動している最後の魔具を手に取ったシルヴィオは、この場に残っているイヴォンネに迷う事無くそれを手渡した。
シルヴィオのその行動に戸惑ったのか、イヴォンネは珍しく困惑しているようだ。
「ほら、イヴォンネ団長も早く行ってよ。プリシラちゃんが待ってるんでしょ?」
どっちがロガールへ戻るべきかは明白だと、シルヴィオはプリシラの名前を使って困惑するイヴォンネの心に揺さぶりをかける。
しかし、イヴォンネも簡単には頷かなかった。
「……ここに残って、あなたは何をする気なの?」
こう言う時に勘の働く女は面倒だとシルヴィオは思う。(何も気づかないふりをして、そのまま見逃してくれるのなら話は別だが)
しかし、散々曖昧な言動を繰り返してイヴォンネの猜疑心を煽ったのはシルヴィオ自身であると言う自覚もあった為、彼女だけを責める事は出来ない。
とは言え、馬鹿正直に質問に答えれば、きっと彼女もここに残ると言うだろう。(監視する意味も含めてだ)
故に、
「少し調べたい事があるだけで、何かしようなんて思ってないよ」
肝心な部分だけはあえて触れずに答えれば、呆れたような溜息が返って来る。
「聞いても答える気が無いって事は理解出来たわ」
「まさかイヴォンネ団長が僕を理解してくれる日が来るなんて!」
「私にも、答えたくない質問がない訳じゃないから……、今回だけは見逃してあげる。その代わり、少しでも今の状況が悪化するような事があれば……、その時は覚悟しなさいね」
最後まで釘を刺す事を忘れないイヴォンネに苦笑すると、シルヴィオは転移魔具を手にした彼女に早くロガールへ向かうよう促した。
「シルヴィオ、本当に……」
「大丈夫、大丈夫。絶対悪いようにはしないって言ったでしょ?」
まだ何か言いたげなイヴォンネの言葉を遮って、シルヴィオはいつも通りの笑顔を浮かべて見せる。
辛気臭いやり取りをしていては、上手く行くはずの事も上手く行かなくなってしまいそうだ。
後ろ髪を引かれているのか、イヴォンネは魔具に魔力を流し込みながらも複雑な表情を浮かべている。
シルヴィオが見守る中魔具が起動すると、イヴォンネは姿を消す直前に振り返り、
「一応、あなたの無事を祈っておいてあげるわ」
そう言い残して行った。
「そんな必要は無いのに……、心配性だなぁ」
足元に落ちた魔具はイヴォンネの魔力が消えた後、シルヴィオの予想通りに壊れて動かなくなってしまった。
思わぬ展開で退路は断たれたが、すべては当初の予定から大きく外れてはいないので問題ないだろう。
"ユーリ"と"アンジェロ"と言う二つの駒を動かし、その結果を迎えた今、最後の駒である"シルヴィオ自身"が動く番だ。
……あまりのんびりしている時間はなさそうだ。
軽く伸びをしたシルヴィオは、目的地へ続く道へと踏み出したのだった。




