ただ、キミの愛が欲しい -Silvio-Ⅵ【誤算】⑤
「シルヴィオ! 暇してるならちょっとは手伝いなさいよ!」
「イヴォンネ団長、首締まってるから……、締まってるから!」
作業が上手く行かずにイラついているイヴォンネが、シルヴィオの訴えに気づいて乱暴に手を放す。
狭くなっていた気道が開くと一気に空気が押し寄せ、軽く咳込みながら体勢を直せば、仁王立ちしたイヴォンネが不機嫌を隠す事もなくシルヴィオを睨みつけていた。
「……シルヴィオ。あなた、こうなる事を知っていたんじゃないの?」
「知ってはないけど、ある程度予測はしてたし、それについての対策もちゃんとして置いたんだけど……」
「その対策とやらは一体どうなってるの? 何も事態は好転しないじゃない!」
「おかしいなぁ……? 流石にそろそろ動いても良い頃なんだけど……」
「あなたの邪魔をしなければ、悪いようにはしないんじゃなかったの!?」
怒りに震えているイヴォンネは、きっとロガールに残して来た愛娘の身を案じているのだろう。
とりあえず彼女を宥めなくては冷静に話が出来ないとシルヴィオが言葉を発そうとした直後、反応の無かった魔具から途切れ途切れではあるが音声が聞こえて来た。
「王、応答願います! こちらは遠征部隊のジョエル・リトラです……! 王!」
「……ダメですね。また途切れてしまいました」
ほんの一瞬繋がった通信があっけなく途切れて肩を落とすラディムとジョエルを見たイヴォンネは、くちびるを強く噛み締めて魔具に近づき再び魔力を流し込む。
けれど再び通信が繋がる事は無く、魔力を無駄に消費するだけだった。
遠征部隊に漂う雰囲気は、最悪だ。
「絶望」の二文字が、この場にいる全員の脳裏に過っているに違いない。
ユウキでさえもこの雰囲気に飲まれているのか、表情はいつになく暗かった。
……冗談抜きで、マズイ方向に流れ始めてる。
遠征部隊の下がった士気をどうやって上げるべきかと考えるシルヴィオだったが、ここで明るく振る舞うのも返って彼らの反感を買い兼ねない。
そうかと言って、後ろ向きな発言も彼らを絶望の淵に追いやるだけだ。
どうしようもない状況に溜息を吐くと、いよいよ奥の手を使うしかないと右耳についた魔石の耳飾りに触れた。
この魔石には、シルヴィオが集めた大量の魔力と生命力が貯められている。(何をどうして貯めたのかは、察して欲しい)
本来ならばこれはユウキに代わって魔王と契約を結ぶために取って置きたかったのだが、対策用に利用したユーリの魔力が不足していると言うのならその不足分をシルヴィオが補うしか方法はない。
予定外の消費になってしまうが何とかなるだろうと諦めかけた瞬間、先程まで何の反応も示さなかった転移魔具からハッキリと音声が届いたのである。(ようやくユーリの魔力が行き渡り効果が出たのだろう)
すぐさまジョエルとラディムが通信を試みたが、こちらの呼びかけは向こうには聞こえていないようだ。
「もしかすると、ロガールにある転移魔具が何らかの理由で壊れているのかも知れませんね」
「だとすれば、ここから私達がロガールに転移することは不可能だ。ここに来るまでの間に設置した魔具の中でロガールから最短の拠点に戻って、そこから移動するしか……」
「最短の拠点からロガールまで最低でも一日はかかるのよ? それじゃあとても間に合わないわ!」
謁見の間に設置してある転移魔具の故障は、シルヴィオも想定していなかった。
あれが故障したとなると、ここにいる全員をロガールに転移させる事は出来ない。
あの魔具は人や物資を転移する際にかかる負荷を軽減するためにイヴォンネが特別に強化してあるもので、通常の転移魔具とは耐久度が桁違いなのだ。
問答を続けるジョエル達の声を聞きながら、シルヴィオはポケットに忍ばせてあった転移魔具を取り出すと、試しに魔力を注ぎ込んで見た。
一応正常に動きはするものの、本来の使用目的以外に利用した為にかなり負荷がかかっているはずだ。
どれだけの人員をロガールに転移させられるかはわからないが、今は使用する事を迷っている場合ではない。
シルヴィオは両手を大きく叩いて周囲の注目を集めると、ポケットに入っていた残りの転移魔具を取り出し地面にバラバラと落として見せた。




