レオン・ノエルと言う名前 -Leon-Ⅲ【落手】⑤
「セシリ、ヤは……、どこだ……ッ! セシ、リ、ヤ……、セシリヤ……!」
狂ったようにひたすらセシリヤの名前を呼ぶ魔王に応戦しながら、レオンは眉を顰めた。
理性は無く、最早執着と言う感情のみを孕んだ魔王の叫びは、何を意味しているのだろうか。
……どうして、魔王はセシリヤの名前を呼び続けているのだろう?
何十年もの昔にたった一度だけ、二代目勇者と共に対峙した事はあるが、あの時はこうではなかったはずだ。
魔王の振り下ろした剣を受け流して背後に回ったが、読まれていたのかレオンの剣は容易く弾かれた。
剣を取り落とすまいとグリップを強く握り耐えたが、手腕に痺れが走る。
間合いを詰め過ぎた事に気が付き後ろに下がって態勢を整えれば、アロイスがレオンと入れ替わるように魔王に攻撃を仕掛けた。
拘束魔術を放ち魔王の腕を捕らえたアロイスは、魔術を放った左手と魔王を繋ぐ魔力の鎖を思い切り引き寄せると同時に剣を突き出したが、魔王はそれを避けるように天高く跳躍する。
アロイスは魔力の鎖で魔王と繋がっていた為にそのまま上空に引っ張られ、次いで共に地面目掛けて急降下して行く。
すぐに魔術を解除したアロイスは、急降下して地面にぶつかる前に防御魔術で地面との衝突を防いだが、衝撃までは完全に防げなかったのか腰を痛めたとぼやいていた。(対して魔王は地面にぶつかる衝撃などものともしていないようだった)
「アロイス団長、平気かい?」
「全然……、気を抜いたらすぐにでも気絶しちゃいそうだよー」
「うん、余裕はありそうだね」
アロイスの返答に少しだけ、レオンの緊張が和らいだ。
「それにしても……、何で魔王はセシリヤちゃんの名前を呼んでるんだろうねぇ?」
魔王からの攻撃を剣で防ぎ躱しながらもそんな質問を出来るアロイスの余裕に安堵しつつ、レオンも同じ疑問を抱いていたと吐露すれば、魔王の懐からちらりと微かに光るものが見えてそれに注視する。
アロイスも目ざとくそれを見つけたのかその懐を狙って剣を振れば、魔王はそこにあるものを庇うように大きく退いた。
「ねえ、レオン団長……。あの懐にあるもの、相当大事なものなんじゃない?」
「そのようだね……。さっきのアロイス団長の攻撃で、大袈裟な程に後退している」
「何だろうあれ。小さな瓶みたいなものに見えたけど……」
とりあえず拘束してみようかと提案したアロイスは、拘束魔術を二重に放ち(先程よりも高等な技術を要するものだが、彼にとっては朝飯前のようだ)、魔王の足元から飛び出した複数の魔力の鎖がその動きを強く止めた。
魔王もそれを解こうと、身を捩りながら唸っている。
その隙にレオンが魔王との間合いを詰め懐を狙って剣を振るが紙一重の所で躱され、しかし、運良く届いた剣先がローブを僅かに切り裂いた。
破れたローブから小さな瓶が転がり落ち、魔王の気がそちらに逸れたようだ。
中には液体が入っているようだが、随分と古い物なのか黒く変色して粘り気が出ているように見える。
レオンがそれを拾おうと手を延ばせば魔王がひと際大きく暴れ、アロイスの拘束魔術を力技で解いてしまった為に後退せざるを得なくなった。
「えええええぇ、二重にしたのに力技で解くなんてアリぃ?」
アロイスの悲鳴を後ろに聞きながら、レオンは拾えなかった小瓶へもう一度、視線をよこした。
……あの小瓶、どこかで見た事があるような気がする。
一体どこで見たのかと考えていれば、不意に頭痛を感じてよろけてしまった。
今まで大人しくしていた片頭痛だったが、よく考えてみれば、朝服用した薬がそろそろ切れる頃だ。
穴の開いた天井を見れば、そこから雨が降り注いでいる。
レオンにとって最悪な条件だ。
早急に魔王との勝負を決めなければとアロイスを見れば、彼も同じことを考えていたようで、軽く頷いて見せる。(同時に遠くの方から爆発音が聞こえた気がしたが、今のレオンにとっては些末な事だ)
その間に小瓶を拾って再び懐に入れた魔王は、標的をアロイスに絞って攻撃を仕掛け始める。(恐らく、アロイスの拘束魔術が厄介だったのだろう)
上手く魔術を使って攻撃を躱し反撃もするアロイスだったが、謁見の広間には王もいる為にそこまで自由がきかず、徐々に追い詰められて行った。
合間合間にレオンが魔王の気を引くように攻撃を入れるが、今の魔王にはアロイスしか見えていないようだ。
どうしたものかと攻撃する手を休めないまま考えていれば、魔王の一撃を受け止め損ねたアロイスが壁に勢い良く打ちつけられて昏倒してしまった。




