レオン・ノエルと言う名前 -Leon-Ⅲ【落手】③
……これが失われた記憶だとすれば、あの子供が僕なんだろうか?
確かに外見的特徴はレオンによく似ているようだ。
髪の色も瞳の色も、あの子供はレオンと同じ色をしていた。
仮にそうだとするのなら、自分は巡礼しながら"邪神"と呼ばれる神様を信仰していたのだろうか。(あの子供は「邪神じゃない」と否定していたが)
思い出そうとしても、頭が痛むだけで手がかりになりそうな記憶はない。
先程よりも強い痛みを訴える頭を押さえていれば、再び目の前に人影が現れた。
兵士達の迫害から助けられた、あの時の子供だ。
成長し、立派な青年になった彼は何故か崖に背を向けて立ち往生している。(顔を見たかったが、レオンに背を向けている為に叶わなかった)
更に青年の目の前に立ちふさがっている人間達は、彼と共に巡礼していた信者達とは明らかに異なっていた。(悪意に満ちた瞳がそれを物語っている)
その内の一人が青年から奪ったと思われる、あの"神を象徴する文様"のペンダントを手にしてニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。
……嫌な予感しかないな。
けれど、助けてあげたくても今のレオンには彼にしてやれる事はない。
ここで事の成り行きを見守る事しか出来ないのだ。
悔しさにくちびるを噛み締めていれば、ペンダントを持っていた男が青年を煽るようにそれを崖下に放り投げた。
その直後、青年もペンダントを追って崖下に飛び降りたのだ。
……この高さから飛び降りれば、奇跡でも起きない限り助からないだろう。
崖下に飛び降りる事さえ躊躇しない程に神を信仰していた彼の最期は、あまりに凄惨なものだった。
レオンが目を背けずにその最期を見届けようとしていれば、青年の指先が奇跡的にペンダントに触れる。
その途端、彼の身体が禍々しい気配に包まれた。
禍々しく……、けれどどこか愁いを帯びたような気配。
直後ペンダントが強い光りを放ち、その眩しさに目を閉じたレオンが再び目を開ければ、また暗闇の中にポツリと一人取り残されていた。
……飛び降りた彼は、どうなってしまったのだろう。
後味の悪い最期に、レオンは俯いた。
それと同時に、頭の中に声が響く。
――― 思い出せ。
重厚で腹の底まで響き渡るような声の主は、一体、自分に何を思い出せと言うのか。
――― 思い出せ。
声の主は何故、自分に呼びかけているのか。
たまりかねたレオンが誰だと問いかけても、当然の如く返事はない。
――― あの日の約束を、思い出せ。
あの日の約束とは一体、何の事なのか。
ずっと思い出せないままでいる、"大事な何か"……、"護らなければならない何か"が関係しているのだろうか?
それとも、子供を助けた青年と交わした約束の事なのか。
それらを問いかけても、やはり返事はなかった。
『―――……お……い、…………で!』
どこからかそんな声が聞こえて振り返れば、いつの間にかレオン一人だったはずの暗闇に少女が立っている。
顔はぼやけていて誰なのか判別が出来ない。
『―――……おね……い、……か……で!』
懇願するような、悲痛な叫び声。
彼女は、一体誰なのか。
『―――……お願い、……行かないで!』
ふと、少女の顔にセシリヤの顔が重なった瞬間、レオンの意識は現実へと戻って行った。




