ホントに君、何者なの? -Silvio- 【嘘】①
彼女の事を何も知らないと言うのは、嘘でもあり本当でもある。
今より昔、確かに彼女と会った記憶があるのだ。
物心ついた時から暮らしていた孤児院へ、見回りついでに立ち寄ったと言う騎士団の中に彼女の姿を見つけ、けれど、恥ずかしさと警戒心から他の子どもたちのように彼女に話しかける事も出来ないまま、物陰に身を隠しながら眺めていた。
彼女は、慈善活動に来る貴族や他の騎士たちとは違って、子供たちを憐れむでもなく蔑むでもなく、対等に接していたように思う。
子供たちの相手をしている彼女はとても楽しそうで、あの輪に入ってみたいと衝動的に物陰から姿を現せば、おいでと手招きする彼女と目が合った。
勇気を出して足を踏み出したけれど、自由時間の終わりを告げる鐘の音に邪魔をされ、その望みが叶う事はなかった。
城へ引き上げて行く騎士団の後ろ姿を名残惜しくじっと見つめていると、最後に彼女は振り返って手を振って見せる。
答えるように上げた手は、孤児院の大人たちに阻まれ彼女の目に届くことはなかった。
その日の晩、ローブに身を包んだ怪しげな大人たちに寝ぼけ眼のまま手を引かれ、孤児院の地下にある禍々しい祭壇へ寝かされると四肢を縛り付けられた。
崇拝する我らが神と一体になれるのだと、狂気に満ちた瞳で語る顔はまさに悪魔そのものだった。
月の無い夜が来る度に一人、また一人といなくなって行った子供の顔を思い出し、彼らがこの教団の生贄になったことを悟り、とうとう今日は自分の番なのかと抵抗することもないままそこからの景色を見つめていれば、呪いを唱えながら禍々しく不気味な石像を狂ったように崇拝している滑稽な大人たちの一人が、鈍く光るナイフを掲げて近づいて来るのが見える。
声を上げた所で、抵抗した所で、助けてくれる者などここには存在しない。
せめて最期に目に映したのが彼女の姿だったのならまだ救われたのにと、ナイフが振り下ろされる様を最後に、瞼を閉じた。
直後、身体に降りかかる生暖かい飛沫の感触と強い鉄錆の臭いに瞼を開ければ、城へ帰ったはずの彼女が心配そうに顔を覗き込んでいて、自分のものではない飛沫に汚れてしまった顔を懸命に拭いた後、間に合って良かったと、拘束を解き優しく身体を抱き締めてくれた。
彼女の優しい温もりに触れ、そこで初めて生きている事を実感し、安堵する。
遠慮がちに彼女の背に回した手の平には、いつの間にか教団の印が刻まれていて、隠すようにぎゅっと握り締めた。
孤児院を装った邪教団の伏魔殿は、夜も明けぬうちに騎士団によって制圧され、崇拝する邪神への生贄として囲われていた多くの子供達も解放された。
【09】




