もしもその時が来たら -Ángel-Ⅱ【驚愕】②
一足先に謁見の広間へやって来たアンヘルは、作業が順調に進んでいるか隅々まで確認する。
今日の定期連絡は物資の補給も兼ねている為に、広間はいつも以上に騒がしかった。
王も共にこの場へ来る事を望んだが、体調が思わしくない上にこんな騒がしい場所に長居させる訳にはいかないと断固反対し、マルグレットに後を頼んで一足早く来た次第だ。
あと数十分もすれば、王もマルグレットと共に謁見の広間へやって来るだろう。
王が来る前に、物資の最終確認や転移魔具の動作の確認も済ませておかなければならない。
アンヘルは広間の中央に設置された転移魔具に触れ、問題なく作動するかどうかを確認すると、既に広間に来ていたアロイスとレオンに声をかけた。
「お二人とも、お疲れさまです。作業は順調のようですね」
「今日の定期連絡の作業担当は、レオン団長とマティくんがいるからねぇ。僕は見てるだけで良いから楽だよ」
「そう言いながら、アロイス団長はとっくに作業を終わらせていたじゃないか。事前準備も万端だし、そう言う所は見習わないといけないな」
「シャノンに口うるさく言われてたから、習慣づいてるだけなんだけどねぇ」
穏やかな雰囲気の二人の会話を聞きながら、アンヘルはマティの姿を探したが、まだここには来ていないようだ。
第七騎士団の騎士にしては珍しく勤勉なマティの事だ、きっと階下で物資の搬入を手伝っているのだろう。
次々と運ばれてくる物資が山積みになって行く様を見つめながら、ふと、アンヘルは物資の入った箱に奇妙な文様が描かれている事に気がついた。
一体何の文様なのかと近づいて見れば、そこから僅かだが独特な金臭さが漂って来る。
……血で描かれているのか? 随分と悪趣味だな。
血は茶色く変色していて、けれど確かに鉄錆の匂いがした。
(まだ匂いを感じられると言う事は、描かれてからそこまで時間の経過はしていないのだろう)
他の箱にもこの文様があるのだろうかと確認してみたが、描かれているのはこの箱一つのみだ。
仕入れ先の商団が目印でもつけたのだろうかとも考えたが、血で描くと言う行為は理解に苦しむ。
(相手がそれに気づけば不快になるだろうことは明白だ)
一体何の目的で描かれたものなのかと見慣れない文様を見つめていれば、不意に背後に気配を感じて振り返る。
「うわっ、びっくりしたぁ……! 急に振り返らないでよぉ……」
「アロイスか……」
「じっとこの箱を見つめてるから、何か問題でもあったのかと思って来たんだけど……」
眉を顰めて様子を窺っているアロイスに、この箱を用意したのは第六騎士団であるのかどうかを訊ねれば、彼はあっさりと肯定した。
思いの外物資が多く、急遽追加した箱だと言う。
しかし残念ながら箱を用意してくれた騎士本人はその直後、利き手に深手を負って昨晩から医療団で治療中らしい。
騎士の怪我の容態を聞けばかなり深刻なようで、下手をすると二度と剣を持つことは出来ないかもしれないと、アロイスは肩を落として答えた。
……騎士の怪我と、この血で描かれた文様に何か関係があるのだろうか?
そう考えたアンヘルだったが、仮に関係があったとして何の意味があるのかがわからない。
じっと文様を眺めていれば、アロイスもそれに気が付いたのか「何だろう」と首を傾げていた。
「アロイス、この文様に見覚えは?」
「さっぱりだよぉ。……昨晩これを運んでいる時に怪我をした騎士に聞いて見ようか?」
アロイスの申し出に頷こうとしたアンヘルだったが、
「お話し中失礼します。物資の搬入が完了しました」
「マティ、お疲れさまです」
「お疲れ様ぁ、マティくん」
「そろそろ遠征軍から連絡も入る頃です。王を広間へお連れした方が良い時間かも知れません」
遅れてやって来たマティからの報告に気を取られ、アロイスとの会話はそこで終了してしまった。
あの箱の文様の件はかなり気になるが、アンヘルの最優先事項は王だ。
「マティ。搬入作業で疲れている所をすまないが、王をお連れするまでの間、物資の最終確認を頼む」
「もちろん、そのつもりでしたから」
依頼を快く了承してくれたマティに背を向けると、アンヘルはその場から王の寝所に向かって足早に歩き出す。
謁見の広間から出る際、もう一度だけ文様のある箱の方を振り返って見たが、最終確認をしているマティの姿に隠れてしまい文様を確認する事は叶わなかった。




