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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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もしもその時が来たら -Ángel-Ⅱ【驚愕】①

 勇者達が旅立ってから四ヶ月と少しが経過した。

 これまでの道中様々な困難に見舞われ遠回りを余儀なくされたようだが、そろそろ無事に<封印の地>へ辿り着いただろうか。

 今日は遠征軍による定期連絡の日だ。

 今現在遠征軍がどの辺りにいるのか位置の確認をし、必要に応じた物資の補給をしなければならない。

 負傷者や急病人がいれば、城に残った人員と交代する必要もあるだろう。

 魔王との決戦が迫っている今、考えなければならない事が山積みだ。

 取り急ぎすべき事を頭の中で整理しながら、アンヘルは目の前にある豪華な装飾が施されたドアをノックした。


「失礼致します」


 既に部屋の主である王は起きていたのか、上半身を起こしてベッドに座っている。


「アンヘル……」

「王、おはようございます。起きていらっしゃったのですね」


 アンヘルは持って来た朝食のトレーを置き、王の体温と脈に異常がないかを確認すると閉じたままのカーテンを開けた。

 今日の空は、憂鬱になる程の曇天だ。

 恐らく、午後には雨が降るだろう。

 どことなくいつもとは違う湿った空気の匂いに不快感を覚えながらカーテンを紐でまとめていれば、不意に後ろから呼ぶ声が聞こえた。

 振り返れば、王が朝食に手をつけないままじっとアンヘルを見つめている。


「アンヘル……。こんな私の為に尽くしてくれて、ありがとう……」

「どうなさったのですか、王。私がしたいと思ってしている事ですから、礼など不要です」

「いや……、伝えられる内に伝えておこうと思ってな」


 まるで遺言のような王の言い方に、アンヘルは思わず眉を顰めてしまった。


「王、まだ私達にはやらなければならない事が残っています。お礼は、それが無事に済んでからにして下さい」


 感情的にならないよう冷静に言葉を選びながらそう伝えると、アンヘルは朝食のトレーに乗っていたフォークを王の右手に握らせる。


「今代の勇者を犠牲にする訳には行かないと、無理を押して日々対策を考えていたではありませんか」

「……そうだな」


 魔王……いや、"邪神"に生贄としてユウキを差し出しみすみす見殺しにする訳にはいかないと、王は体力と時間の許す限り様々な方法を考えていた。

 考え抜いた結果採用される事になった方法は、ユウキの潜在魔力と同等の魔力を一時的に王の身体に宿し、契約を乗り換える時に出来る一瞬の隙に"邪神"に迷いを生じさせ、その間誰とも契約を果たしていない浮いた状態の"邪神の本体"を攻撃して消滅させると言う方法だ。


 しかし、これは極めて危険な方法だった。


 膨大な魔力を今の王の身体から無理矢理引き出す事はもちろんの事、他者から一時的に魔力を転移させる事すらも自殺行為に等しいからだ。

(いずれも身体に相当な負担がかかってしまう上に、勇者と魔王の決着の場に王と、場合によっては譲渡者が転移しなければならないと言う危険もある)


 けれど、このどちらかしか方法はない。

 それならばと後者を選んだが、誰から魔力を転移するのかが問題だった。


 魔王についての事実を知る者は、ユウキとセシリヤ、そしてアンヘルと王しかいない。


 しかしユウキはもちろん、セシリヤも論外だった。

(ただでさえ彼らには辛い選択を強いているのに、こんな事を頼める訳がない)

 そうなると、必然的に事情を知るアンヘルが自身の身体から膨大な魔力を引き出して王にそれ転移させなければならないのだ。

(この時点でアンヘルにも相当な負担がかかってしまう)

 それも、王の身体に出来るだけ負担がかからない様、細心の注意を払って。

 失敗すれば、アンヘルが王を殺してしまうことになる。

 王の頼みで了承はしたが、本当にそんな事が可能なのか、自分に出来るのだろうかとアンヘルも悩んでいた。

 恐らく、王も同じなのだろう。

 故に、最悪の事態を考え思わず口から出たのが先程の脈絡もない礼の言葉なのだ。


 ……そんな最悪の事態など、引き起こしてなるものか。


 アンヘルは心の中に渦巻く悩みと恐怖心を無理矢理ねじ伏せると、いつものように淡々と王へ今日の予定を読み上げ始めた。


「朝食を終えましたら、セシリヤにしっかりと体調を診てもらいましょう。午後からは定期連絡がありますので謁見の広間へ移動します。引き続き彼女を傍に置かせますので、ご安心下さ……」

「いや……、セシリヤではなく、マルグレットにお願いしたい」

「……また、マルグレットですか?」


 唐突なその願いにアンヘルが思わず聞き返し進言するも、王は頑なにセシリヤを呼ぶ事を拒否した。

 セシリヤに魔王についての事実を告げたあの夜から、王はずっとこの調子だ。

 あからさまに彼女を避け続け、身体に不調が現れると必ずマルグレットを呼んでいる。

 マルグレットもそんな王の様子に何か思う所があるようだが、あえてに口にすることはなかった。


 漂う歪な空気は、日を増すごとに色濃くなっている。


 このままでは王にもセシリヤにも良い影響はないと理解しているが、アンヘルには見守る事しか出来ないのだ。

(アンヘルも安易には介入出来ない、二人の問題だからだ)

 言われた通りマルグレットに変更する旨を伝えると、王は深い溜息を吐き出して謝罪の言葉を口にした後、窓の外をぼんやりと眺めた。


 この状況を招き心配をかけている事に対しての謝罪と、恐らく、ここにはいないセシリヤへの謝罪だろう。


 アンヘルは何を答えるでもなく、ただ黙って王の姿を見つめていた。


「私が犯した過ちを、セシリヤは許してはくれないだろう。今、私はこんなにも彼女の顔を見るのが怖いのだ」

「……」

「許される事ではないと理解はしているが、それでも……、長い間苦楽を共にした大切な彼女()を失ったと自覚する瞬間が、とても恐ろしいのだ」


 ポツリと呟かれた王の言葉は、魔王に勇敢に立ち向かって行った人物とは思えない程に弱々しかった。


 初代勇者、そして一国の主と言う肩書きを持っていても、やはり彼は一人の人間に過ぎないのだ。


 今までたった一人で事実を抱え耐えていた彼が零した弱音に、アンヘルは奇妙な親近感と僅かな落胆を覚える。


「私は……、ただの臆病者だ」

「王……」


 肩を落とす王の背中にそっと手を当て、そして改めてその小ささに気が付いたアンヘルは、ぐっとくちびるを噛み締めた。


 若かりし頃に見た大きく頼り甲斐のあった背中は、もう過去のものだ。

 日に日に老い弱って行く王の姿が、痛々しかった。


 ……この先、いつまで彼の傍にいられるのだろうか。


 アンヘルは、小さくなった背中をそっと撫でながら考えた。

 いつか永遠の別れが来る事は、覚悟している。

(あまり考えたくはないが)


 もしもその時が来たら、王には何の未練も残さずに安らかに眠って欲しいのだ。

 長い間抱えて来た秘密と重圧から……、ここ(この世界)から解放されて欲しいのだ。

 セシリヤ(大切な人)との間に出来てしまった蟠りからも、何もかも全てから。



 ……どうか全てが無事に終わって、王がこの世界のしがらみから解放されますように。



 アンヘルは、心の中でそう願わずにはいられなかった。




【57】

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