建前に、興味があると言う本音を隠した -Yuri-Ⅱ 【発見】③
女性の膨大な情報量を誇っている彼だ、何かしら知っているだろうと期待の眼差しで答えを待つこと数分。
「それじゃあ、まずはこの本の文字についてね。確かに僕はこの文字を知ってるけど、解読はできないし、解読の手助けになるものもここにはないよ。これ、異界の文字だから。これを書いただろう人も僕は覚えているけど、もうこの世界にはいない。もしもこれが読めるとしたら、我が国王ただ一人だけだろうね」
シルヴィオの言葉にユーリは落胆する。
彼の記憶の中にこの文字はあっても解読が出来ない上に、読めるのは王のみと言うのだから、ユーリがこれ以上調べることは不可能だ。
間違っても王に「これなんて読むんですか」などと聞きに行けば、不敬と見做され直後に首が飛ぶだろう。
この本に書かれた内容が少しでも解読できればセシリヤに繋がったかも知れないのに、と肩を落とすと、見かねたシルヴィオが慰めるように肩を叩き、
「それから、セシリヤ・ウォートリーについて……」
彼女についての記憶を見つけたのか、自信有り気な顔をするシルヴィオに今度こそと期待して言葉を待つ。
「実は、彼女についてだけは、どう頑張っても情報が掴めないんだよね」
お手上げだと両手を上げて見せるシルヴィオに、思わせぶりな態度はなんだったんだと突っ込みたくなったユーリだが、自分よりも目上にそんなことは間違っても出来るわけもなく、ぐっと言葉を飲みこんだ。
「普通はさ、騎士団に入団してからの団での功績とか、全て記録されるはずなんだよ。だけど、どう言う訳だか彼女については何もないんだ。唯一見つけたものは、第七騎士団を退団して医療団に移ったってことだけ」
不自然だと思わない?と同意を求めるシルヴィオに頷くと、彼は気を良くしたのか更に話を続ける。
「彼女については、マルグレット団長もジョエル団長も、あのレオン団長だって知っているみたいだけど、何を聞いても教えてはくれないし、何より、王とアンヘルまで彼女に随分と目をかけてるってところも謎だよね」
確かにセシリヤを見ていると、マルグレットは何かと彼女を気にかけているようだったし、ジョエルもレオンも、時折彼女の元へやって来る。
極めつけは、先日の王の寝所での出来事だ。
確かに謎が多すぎる。
「一部じゃ、王の愛人だとか、隠し子だとか、色々噂はあるみたいだけど、詳細は不明なまま。そもそも、彼女、種族は人間って言ってるけど、そうなると更に色んなことが矛盾して来るんだよね。もしかしたら、出生に何か秘密があるのかも……とも思うけど、そう言うのって本人に確かめるのは流石に僕でも無理。女性の前ではいつでも紳士であれってね」
シルヴィオの言っている事は、おおむねユーリが考えている事と合致している。
先日のアンヘルの発言からも取れるように、人間と言うのならば、セシリヤの見た目から判断できる年齢が明らかにおかしいのだ。
ジョエルやマルグレットのように長寿種族の混血の可能性も考えたが、やはりそこはシルヴィオの言う通り土足で踏み込んで根掘り葉掘り聞き出して良い事ではない。
「ただ、唯一これだけは確信してるんだけど……」
不意に、真剣な眼差しになったシルヴィオがユーリを見据える。
先程までの緩さはどこへやら、まるで獰猛な獣が獲物を狙うかのような強い視線にぞくりと悪寒が走った。
これが団長としての本当の顔なのかも知れないと、ユーリは崩れていた人物像を脳内で修復しながら、シルヴィオの言葉を待つ。
「彼女はフリー! いやあ、良かったね!」
心置きなく狙えるよと、まさかの緩さあふれる表情でウィンクするシルヴィオに脱力してしまった。
初めからそう言う話ではないと何度も言っているのに、まったく聞いていないじゃないかと脳内で完全に崩壊した人物像を撤去すると、まだ話し足りないらしいシルヴィオの話に意識を戻す。(聞く価値があるかどうかはわからないけれど)
「後は……、そうだなぁ。彼女、自己犠牲が強すぎるんだよね。献身的って言えば、聞こえは良いんだけど……。もう少し、周りに頼ってもいいのになって思う事はあるよ。助けてくれる人、いない訳じゃないのにね」
僕が知ってるのはこれくらい、とユーリに閉じた本を返したシルヴィオは、結界の張られた扉には近づいちゃダメだよと念を押し、何事もなかったかのように書庫を出て行った。
「……自己犠牲か……」
確かに、シルヴィオの言う通りだと思う。
つい最近、死亡した騎士の妻がセシリヤに逆上して襲い掛かった時の事を思い出し、どうして彼女はあの時誰にも助けを求めなかったのだろうと考える。
側には、マルグレットもレオンも、そして自分もいたと言うのに。
(前者二人に比べれば、頼りないとは思うけれど)
結局、勇気を出して聞いては見たが逆にセシリヤに対しての謎が増え、シルヴィオの人物像が木っ端微塵になっただけだったなと、苦笑しながら聞いた話をメモしていると、
「ここで、何をしているんですか?」
再び背後からかけられた声に驚き、恐る恐る振り返れば、そこには鬼の形相のアンヘルが仁王立ちのままこちらを睨みつけていた。
結界の異変を感知したので来てみれば、と壊れたチェーンを確認したアンヘルは、この場にたった一人いたユーリに説明を求めて来る。
チェーンは元々壊れていたのだが、結界に異変を感知していると言うことは、その扉に何かが触れたと言うことになる。
つまり、アンヘルにはユーリがチェーンを壊して扉を開けようとしたと解釈されてしまうのだ。
例え、シルヴィオが扉に結界が張られている事を教える為にペンを投げ込んだと説明しても、何故それを教えてもらう事になったのかと問われれば、やはり立ち入り禁止の扉をユーリが開けようとしていたからで、何をどう話しても有罪確定だ。
助けを求めようとするも、既にシルヴィオの姿はなく、ユーリ一人がアンヘルにこってり絞られたことは、言うまでもない。
【END】




