瞳に浮かぶ涙は、もう悲しいものではなかった。 -Angelo-Ⅱ【清算】⑤
「アンジェロ!」
「ディーノ先輩っ!」
その途中、同じように異変を察知して謁見の広間へ向かっているディーノと合流した。
「ついさっき、魔物が城下に出たと伝達があった。どこかで結界が破られたのかも知れない……!」
「もしかしたら、謁見の広間にも魔物がっ……?」
「その可能性はあるな……!」
異常な事態が発生している事を部下に伝えなければと、アンジェロは転移魔具を取り出して起動させようとしたが、不思議な事に魔具は一切の反応を見せない。
……つい最近までごく普通に使用出来ていたのに、肝心な時に限って使えないなんて!
魔具が使えない事に苛立ちを隠せずにいれば、その様子を見ていたディーノが口を開いた。
「アンジェロ、お前も転移魔具が起動できなかったのか?」
「お前も……って……、まさかディーノ先輩の魔具もですか?」
アンジェロの問いかけに頷いたディーノが持っていた魔具を取り出してアンジェロに渡し、アンジェロがそれを起動させようと試みたが、やはり魔具は一切の反応を示さなかった。
「ディーノ先輩……、これって……」
「ついさっきまで普通に使えていたはずの魔具が同時に反応しなくなるなんて、考えられるか?」
「いいえっ、不自然です……」
通常は、ほんの少量の魔力を注ぐだけで使える魔具であるはずなのに、どんなに魔力を注いでも魔具は反応してくれない。
故障と言うにしても、二つ同時にこんなタイミングで壊れるなんてそうそうあり得ない。
そうなると、何かが魔具の起動の妨害しているとしか考えられなかった。
「もしかしたら、何かに妨害されて起動しない可能性もあります。例えば……少量の魔力がかき消されてしまう程の大きな魔力がこの国を覆ったとか……」
しかし、そんな事があり得るのだろうか。
人間の持つ魔力には限りがある。
勿論、獣人やエルフも例外ではない。
仮に国を覆える程の魔力を引き出したとしても、その反動に耐えられる人間は存在しないだろう。
(ロガールの結界でさえ、魔術師たちが結束してようやく張れていると言うのに)
もしも出来るとしたのなら、それは"神"のなせる業だ。
或いは……、
「魔王の仕業……?」
「……アンジェロ……、待て!」
不意にアンジェロが呟けば、走っていたディーノが突然立ち止まって剣の柄を握る。
アンジェロも指示通りに立ち止まり剣の柄を握れば、ディーノが一足先に剣を鞘から引き抜き目の前の空を斬った。
何もない空間。
けれど、次の瞬間には両断された魔物が悲鳴を上げながら姿を現し、黒い霧状になって霧散して行くのが見えた。
「魔物っ……!」
「もしかすると、この黒い霧状になる魔物とも何か関係があるのかも知れないな」
姿の見えなかった魔物を事も無げに斬り捨てたディーノは、そう呟くと再び謁見の広間へ向かって走り出す。
アンジェロもその後を追いながら、ふと先に謁見の広間へ向かったセシリヤを思い出してディーノへ訴えた。
「先輩! セシリヤさんが一人で謁見の広間へ向かって行ったんです……! 帯剣もしていなくて……、魔物が城の中にまでいるのなら、早く追いつかないと危険です……!」
「っ……、急ぐぞ、アンジェロ……!」
セシリヤの名前にディーノが僅かな動揺を見せたが、今はそんな事を気にしている場合ではないと走る速度を上げる。
ちらりと外を見やれば、いつの間にか雨が降り出していた。
……何だか、とても嫌な予感がする。
そう考えた直後、今度は謁見の広間の方角とは別の場所から爆発音が聞こえて来た。
一体、この国に何が起こっていると言うのだろうか。
アンジェロがこの現状を把握するまで、そう時間はかからなかった。
【END】




