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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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瞳に浮かぶ涙は、もう悲しいものではなかった。 -Angelo-Ⅱ【清算】④

「セシリヤさん。ずっと、聞こうと思っていた事があるんです。……どうして、アレスの存在をなかった事にしたんですか?」


 暫しの沈黙が流れ、それから一度目を伏せたセシリヤは、アンジェロの瞳を真っすぐに見つめて答える。


「生き残った生徒が、誤った認識を持って罪悪感を抱かないようにする為です」

「……誤った認識?」


 アンジェロがそう問い返すと、セシリヤは頷いた。


「あの日起こった魔物の襲撃の現場で"逃げる"と言う選択をした生徒が、逃げずに戦って死んだアレスに対して後ろめたさを感じないようにです」


 敵に遭遇した時、背を向ける事は騎士として恥ずべき行為だ。

 しかし、当時の状況を考えれば"撤退"は明らかに正当だった。

 まだ正式に騎士にはなっていない学院生であるのなら、その場にいた騎士であるディーノ達の命令を聞くのが筋だ。

 あの時逃げた生徒達の判断は間違っていない。

 けれど、逃げずに戦って散ったアレスの事を知れば、彼らはどう思うだろうか。

 逃げずに戦い勇敢に散るべきだったと誤った認識を持って、後々後悔をして自らを苦しめる事になるかも知れない。

(そうならない人間もいるかも知れないが)


 ……だから彼女は、彼らにアレスの事を伏せたのか。


「……そう言う理由だったんですね」

「心に傷を負った彼らの心理を逆手に取って、王に箝口令を敷いてもらいました。勿論、王はそれに反対されましたが……」


 思いもよらない魔物に襲われた恐怖心が同級生達の心に深い傷をつけ、当時の事を思い出したくないと言う心理を利用して敷かれた箝口令。

 アレスが消えた後、誰一人として彼の名前を口に出す人間がいなかったのはそのせいだったのかと、アンジェロは納得する。

 セシリヤの思惑通り、同級生達はアレスの事を記憶の底に葬り去ったのだ。

 ただ一人、アレスの親友であったアンジェロを除いては。


「アンジェロ副団長。貴方にも、私の勝手で辛い思いをさせてしまいましたね。……申し訳ありません」


 深々と頭を下げるセシリヤを慌てて止めたアンジェロは、首を横に振って否定する。


「いいえ……! 僕はアレスの親友として、貴女に事実を伝える事が出来て良かったです。もし僕も彼の事を忘れてしまっていたら、二人とも誤解したまま、永遠に分かり合えなかったでしょうから……」

「……ええ。貴方のお陰で、アレスの気持ちを知る事が出来ました。……それに、髪飾りも。もう二度と、戻っては来ないと思っていたので……」


 お礼を言い微笑んだセシリヤの表情(顔)を見て気恥ずかしくなったアンジェロは、視線を逸らして頬を掻いた。


「勝手に直してしまって申し訳ありません。ただ、そのまま返すには忍びなかったので……」

「いいえ……。本当に、感謝しかありません」


 髪飾りを包み込むようにして握った彼女の瞳は、色濃く滲んでいた悲しみの陰が少しだけ和らいでいる。


 もっと早くにこうしておけば良かったとアンジェロは後悔するが、時間がかかったのはどう考えてもシルヴィオが仕事をしないせいだと言う事に気が付き、帰って来たら一発殴ってやると人知れず息巻いた。


「アンジェロ副団長……。アレスの事を教えて下さってありがとうございました。それから……彼の親友でいてくれた事も……」


 そう言って笑ったセシリヤの瞳に浮かぶ涙は、もう悲しいものではなかった。

 ようやく、アレスと彼女の間にあった誤解とわだかまりが解けたのだと理解したアンジェロは、思わずつられて涙ぐみ、けれど悟られまいと袖口で乱暴に目元を擦る。


「アレスは……、これからもずっと僕の親友ですよ」

「……きっと、アレスも喜びます」


 曇天には似つかわしくない穏やかな空気が辺りを包み込んだ。

 まるで、この場にアレスがいるのではないかと錯覚するような、懐かしい空気だった。



 ……ちゃんと君の気持ちは伝えたからな、アレス。



 心の中でそう呟き、アンジェロがベンチから立ち上がった直後だった。

 大きな爆発音が響き渡り、音の発生した方角を確認すれば、城の上部にある謁見の広間の天井と壁が崩れているのが見えた。

 今日は定期報告と物資の補給が行われる日であったが、何かよからぬ事が起きたのかも知れない。

 セシリヤに安全な場所に避難するように口を開きかけたアンジェロだったが、それよりも先にセシリヤが謁見の広間へ向かって走り出した。


「セシリヤさんっ……! 待ってくださいっ! 帯剣もしないまま行くなんて、危険です」


 慌てて後を追うアンジェロだったが、彼が思っている以上にセシリヤの足は速く、叫んで制止するのが精いっぱいだ。

 そうこうしている内に、あっと言う間にセシリヤの姿は見えなくなってしまった。

 けれど、このまま彼女一人を謁見の広間に行かせる訳にはいかないと、必死で見えなくなった彼女の後ろ姿を追う。



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