瞳に浮かぶ涙は、もう悲しいものではなかった。 -Angelo-Ⅱ【清算】①
アンジェロは怒っていた。
普段は温厚な部類に入る彼が、ここまで不機嫌を隠さずに怒る事は稀である。
今しがた終わった軍編成の任命式から執務室へ戻ったアンジェロは、後から部屋に入ってきた人物に向かって不満をぶちまけた。
「団長! 一体どう言う事なんですか! 土壇場で異議を申し立てて編成を無理矢理変えさせるなんて、どうかしてますよ!」
魔王討伐の編成に名前の挙がっていたアンジェロだったが、シルヴィオが異議を申し立てた為に編成から外れることになってしまったからだ。
編成は、選出された人物の能力を考慮して決定されるものだ。
勿論、選出されなかったから劣っていると言う訳ではなく、戦力が半減されても十分に国を護れるだけの人物が城に残される。
けれど、実際は魔王討伐の遠征に加わった方が騎士にとっては栄誉な事であったし、アンジェロもそれに憧れる一人であったが故に今回のシルヴィオの行動には納得していないのだ。
(王の手前、しぶしぶ諦めたけれど)
「騎士にとって、魔王討伐の遠征に加わる事が栄誉な事だって、団長も知ってるでしょう! それを横取りされた僕の気持ちも考えて下さいよ! おまけにしばらく治まってた女遊びはぶり返すわ、尻ぬぐいはさせられるわ、そのおかげで仕事は溜まるわで、僕に恨みでもあるんですか!」
「うんうん、アンジェロの言う事はもっともだよ。僕に反論の余地はないし反省はしてる……、ごめんねっ☆」
「ごめんねっ☆……じゃないですよ!」
アンジェロの訴えに同意しつつも、イマイチ響いていない様子のシルヴィオに呆れて怒鳴る気力もなくなり、傍にあった応接用のソファに座り込む。
入団した頃はこんな人だとは思わなかったと呟いたアンジェロの肩を軽く叩いたシルヴィオは、「元気だしてよ」とまるで他人事のように笑っていた。
いつもいつも、こんな調子のシルヴィオに振り回されて我慢するばかりのアンジェロだったが、今回はそう簡単には引き下がれない。
遠征に行くことは叶わなかったが、この大きな貸しは絶対に返してもらうとシルヴィオに宣言すれば、彼は「勿論」と二つ返事で頷いた。
(それもまたわかっているのかどうか不安なのだが……)
「……それで、一体僕に何をしろと言うんですか?」
「流石アンジェロ、話が早いね! そう言う所、僕は評価してるよ」
「団長に評価されても嬉しくないです」
アンジェロが反論すると同時に、シルヴィオが指を鳴らして瞬時に結界を張ったのか、何とも言えない奇妙な閉塞感に襲われる。
(こうも高等な魔術を簡単に扱えるシルヴィオは尊敬するが、普段の生活態度を見るとその気持ちが半減してしまうのが非常に残念である)
わざわざ結界を張らなければならない程重要な事なのだろうかと、アンジェロは思わず緊張に背筋を伸ばした。
「後である物を持って来るから、アンジェロにはそれをロガールの城下と城に設置して欲しいんだ」
「ある物……?」
「うん。数に限りがあるから、なるべくロガール全体に行きわたるようにして欲しいんだけど……。そうだ、サクラの木が城下町を囲むように生えているから、それを基準に設置してくれる?」
「それは……、別に構いませんけど……。ある物って、何ですか?」
肝心なものが何なのかが分からないと首を傾げれば、シルヴィオは困ったように笑って、「まだそれを手に入れられていない」と答えた。
そんなに手に入れにくい物を惜しげもなく城下に設置するなんて、一体何をするつもりなのかとアンジェロが考えていれば、シルヴィオが考えを見透かしていたかのように話を続ける。
「この国を守る為の準備だよ」
「……何か、ものすごく嫌な予感がするんですけど」
「絶対悪いようにはしないし、僕の信頼するアンジェロにしか頼めない事なんだ」
いつになく真面目なトーンで話すシルヴィオに違和感を覚えながらも、信頼するとまで言われてしまってはアンジェロも拒否する事は出来ない。
大きな溜息を吐きながら了解すると、顔を輝かせたシルヴィオが大袈裟にアンジェロの両手を取って上下に振った。
「ありがとうアンジェロ! 僕、それを手に入れるの、頑張っちゃうからね!」
「そんな頑張らないと手に入らないものなんですか?」
「そりゃあね……、命がけだよ」
何を手に入れようとしているのかはわからないが、そこで命をかけるくらいならば魔王討伐で命をかけて欲しいとアンジェロは思う。
(あくまでも思うだけであって、シルヴィオに死んで欲しいと言っている訳ではない)
遠征から帰って来たら覚悟して下さいねとアンジェロが念を押せば、シルヴィオは心底楽しそうに笑って頷くのだった。
【55】




