その瞳は少しも笑ってはいなかった。-Yvonne-Ⅲ【脅迫】④
本来ならば、アンジェロが一緒に遠征に行く事になっていた。
けれど編成発表の当日、シルヴィオが異議を唱えてアンジェロを無理矢理城に残したのだ。
あの文様の事がわかっていたのなら、後はアンジェロに話を通し、襲われた村や町を確認してもらえば良かったはずなのに。
「ねえ……、アンジェロを強引に城に残してあなたが旅について来たのは、どうして? 文様の事を調べるだけならアンジェロにも十分出来たんじゃないの?」
「…………」
「それとも、……あなたにも何か別の目的があるの?」
イヴォンネの直球すぎる質問。
けれど、シルヴィオには少しの動揺も見られない。
二人の間に数秒の沈黙が流れた。
「……まあ、個人的な目的だよ」
「個人的って……、そんな理由、許される訳がないでしょう!?」
「でも、それが国を守ることに直結してるんだよ。だから、絶対に悪い様にはしないって誓っても良い」
咎めるイヴォンネの言葉に被さったシルヴィオの発言に、思わず耳を疑い彼を凝視する。
いつものようにヘラヘラと笑っていたが、シルヴィオのその瞳は少しも笑ってはいなかった。
ゆっくりと近づいて来る彼の足音にゾワリと肌が粟立ち、イヴォンネは思わず後ずさる。
しかし、狭い民家だった為に間合いはあっと言うまに詰められてしまった。
まるで捕食される動物のように身を固していれば、切り落とされて髪に隠れたイヴォンネの耳の辺りにシルヴィオのくちびるが寄せられ、
「ただし、僕の邪魔さえしなければね」
そう彼は囁いた。
優しく甘く、けれど冷淡に囁かれた脅迫ともとれる言葉。
思わずシルヴィオの身体を押しのけて距離を取れば、次の瞬間には普段通りの彼がそこにいた。
「これでも僕にだって護りたい人の一人や二人はいるんだ。その為には手段なんて選んでられないよ。イヴォンネ団長だってそうでしょ?」
暗に言ってはいるが、プリシラの事を指しているのだとすぐにわかった。
確かにシルヴィオの言う通り、イヴォンネもプリシラを守る為ならば最悪どんな手段であろうとも使うだろう。
(そうならない為にも日々、努力はしているが)
王や国への忠誠心はあれど、守らなければならないものの優先順位はプリシラが一番だ。
故に、シルヴィオの意見にも一部であるが同意出来る。
溜息を吐き出し彼に同意を示すように頷けば、ちょうどラディムが民家の入り口に踏み入った所だった。
「二人とも、こちらにいたんですね。何か不審な点はありましたか?」
「んーん、何も収穫はなかったよ。僕の考え過ぎだったのかも知れないね」
「そうですか……。私の方も特に収穫はありませんでした」
ラディムの問いかけにさらりと嘘を返すシルヴィオに、イヴォンネは今まで感じた事のない不気味さを覚える。
……一体、何を知っていて、何をしようとしているの?
獣人の勘なのかあまり良い予感はせず、けれどこれ以上彼を問いただすのは得策ではないと、イヴォンネは口を噤んだ。
「雨も降りそうですし、もう一つの村は後日にしてすぐに本隊へ合流しましょう」
「あー、そっちの村はもう行かなくて大丈夫。この村だけで十分だよ。これ以上本隊の動きを乱す訳には行かないからね」
「……そうですか。では、すぐに本隊へ合流しましょう。イヴォンネ団長もよろしいですね?」
ラディムに頷き、イヴォンネ達は廃村を後にする。
途中、シルヴィオに視線を送ると、イヴォンネの視線に気が付いた彼は口元に人差し指を当てて見せた。
この村であった出来事は秘密にしろと言う事だろう。
拭えない不安と猜疑心を抱えたままシルヴィオから視線を逸らすと、イヴォンネはラディムに続いて馬を走らせた。
<封印の地>に辿り着くまで、後、少し。
【END】




