建前に、興味があると言う本音を隠した -Yuri-Ⅱ 【発見】②
「シ、シルヴィオ団長! お、お疲れさまですっ!」
「そんな畏まらなくていいよ。団長ったって、別にたいして偉いわけでもないし」
今度は引く程に深く腰を曲げて挨拶するユーリに困ったような笑顔を向ける彼は、第二騎士団長のシルヴィオだ。
他の団とは少し違い、偵察や潜入を主とする第二騎士団長の彼が、ユーリの一連の行動を怪しんで声をかけたとしたのなら、査問会議にかけられてしまい兼ねない。
彼の驚異的な記憶力と観察眼は、王も一目を置いていて、彼がいる限りロガールに間諜など一切入り込めないと聞いたことがある。
そもそも、背後に近づいて来る気配すらなかったのだ、これは確実にユーリの不審な動きをどこかで見ていたに違いない。
……完全に終わった。
再び襲い来る不安に震えていると、
「でも危ないとこだったよ。僕が止めなかったら、君、大変なことになってたからね」
そう言ってシルヴィオは持っていたペンを扉へ向かって放り投げ、その軌道を追うように視線を動かすと、扉に触れた直後にそれは跡形もなく消し飛んだ。
ね?とどこか得意気なシルヴィオの問いかけにぶんぶんと首を縦に振り、もしも彼がいなかったら自分がそうなっていたかも知れない恐怖に涙目になったユーリだったが、
「あっ、ヤバい! あれアンジェロから借りっぱなしのペンだった! どうしよう、これ絶対怒られるやつ!」
と、先程投げたペンの本来の持ち主に怒られると狼狽し始めた彼のギャップに呆気に取られてしまい、気が付けば不安に震えていた身体も元の落ち着きを取り戻していた。
「あの……、止めて下さってありがとうございました。まさかこんな結界が張ってあるなんて……」
「まあ、死にはしないよ、うん。……ただ、鬼の形相のアンヘルが飛んで来るだけだから」
……あ、この人、やったことあるんだな。
話に聞いていた人とは随分印象が違うなと、徐々に想像していた人物像が崩れて行くような気がしたが、まだ茶目っ気と言える範囲であろうと一人納得しているユーリに、鋭い質問が飛ぶ。
「それで、知らなかったとは言え、何で立ち入り禁止の部屋に入ろうとしたの?」
先程までのあの緩い雰囲気に、なんとなく見逃してもらえるのではないかとうっすら思っていた所で来た質問に、一体どう答えるのがベストなのか……。
考える間もなく、正直に答えるのが正解だろう。
例え一連の行動を見られていなかったとしても、シルヴィオの眼から逃げられるとは到底思えない。
嘘をついてバレた後の方がよっぽど恐ろしい。
それに、第二騎士団は様々な国の情報や人の情報を扱っているのだ、もしかすると彼ならこの本について……、セシリヤについて何か知っているのではないだろうか。
以前、アンヘルからセシリヤについての謎解きを出された事もあって、時間があれば彼女をこっそり観察する事もあったが、手がかりになりそうなものは全くないまま、時間だけが過ぎていたのだ。
誰かに聞くのも気が引けて悶々としていたのだが、何となく、シルヴィオならば聞けるような雰囲気だと思ったユーリはここぞとばかりに勇気をふり絞り、持っていた本のページを開いて彼の目の前に差し出した。
「実は……、ある人の事を知りたくて……」
「ある人って、もしかしてアレ? ちょっと気になる女の子とかそう言う話? もしかしてこの本、君の日記か何か? いいよいいよ、僕、女性の情報量なら膨大! 何でも聞いてよ。で、どこの誰? 医療団? それとも魔術団? あ、魔術団のイヴォンネ団長はダメだよ、未亡人だけど子供いるし。ダメ、絶対。ちなみに騎士団の中でなら……、」
「違います、シルヴィオ団長! そうじゃなくて!」
ユーリの発言のどこにシルヴィオの心の琴線が触れたのか、唐突に、しかも勝手な解釈でベラベラと喋り出した事に驚きを隠せない。
しかも女性の情報量が膨大とは、これ如何に。
崩壊の止まっていた人物像が、更にボロボロと崩れて行く。
本当にこの人が第二騎士団長で大丈夫なのだろうかと不安に駆られたユーリだったが、ここで押されてはいけないとシルヴィオの発言を遮ると、
「僕が知りたいのは、セシリヤさんです! 医療団のセシリヤ・ウォートリー……」
「セシリヤ・ウォートリー……?」
このページに書かれている名前が、本当に医療団にいるあのセシリヤ宛てであるかは不明なのだが、他のページの読めない文字を解読すれば何かわかるのではないかと手がかりを探していた事を説明すると、シルヴィオは渡された本のページを捲りながら、うーんと唸り記憶を辿っているようだった。




