この感情は決して彼女に抱いてはいけないものだ -Dino-Ⅵ【渇望】⑦
「あの……、気を遣って下さらなくても良いんですよ……?」
「いえ、本当に似合っています! 綺麗です!」
セシリヤの言葉に即座に答えれば、彼女のドレスアップを施した店員たちが微笑ましそうにこちらの様子を窺っているのに気が付き、いよいよディーノの顔まで赤くなって行く。
それを誤魔化すように、何故セシリヤがドレスの試着をしているのかと問えば、「新しいドレスを作製している内に行き詰まり、モデルになってくれる人を探していた」と傍にいた店員の一人が説明してくれた。
「こう言ったドレスは初めて着るので、お役に立てたかどうか……」
「いいえ、本当に助かりました! おかげでそのドレスに合わせたヴェールのイメージも湧きましたし、お客様にお願いして正解です!」
「セシリヤちゃん、よかったね! ディーノくんにも見てもらえたし!」
プリシラの言葉に同意する店員たちだったが、何か誤解をされているような気がしてならない。
しかしここで否定するのも違う気がして、ディーノは曖昧に笑ってやり過ごした。
それにしても人助けの一環とは言え、セシリヤの美しく着飾られた姿を見られた事は幸運であったと思う。
初めてドレスを着たと言うことは恐らく、他の誰も彼女のこの姿を見た事がないと言う事だ。
自分だけが知っている一面があると思うと、湧き上がる優越感に思わず口元がにやけてしまいそうになる。
咄嗟に手で口元を覆い隠して咳払いを一つすれば、セシリヤの足元でドレスをまじまじと見ていたプリシラが、困惑するセシリヤを他所にもっと近くで見ようよと手招きした。
あまり近づいても不躾ではないかと思いセシリヤに視線を送ると、意外にも彼女はプリシラの言葉を肯定するように頷いて見せる。
ただ単にプリシラの言う事を否定できなかっただけだと、妙な期待はしないように自分に言い聞かせて近づけば、薄く化粧を施されたセシリヤの顔がハッキリと見えた。
普段はあまり気にした事はなかったが、彼女の顔立ちはとても美しい。
線の細い身体も、髪の一本さえも、すべてが今のディーノには神々しく目に映る。
こんな彼女の姿は、他の誰にも見せたくないと思える程に。
僅かに乱れているセシリヤの髪をそっと手で梳き直していると、不意に視線が重なり逸らせなくなる。
もしも、こうして彼女の隣に堂々と立てたのなら、きっと……、
そこまで考えた所で、その先は何を想像していたのかと我に返ったディーノは、セシリヤの髪に触れていた手を引っ込めた。
いつの間にか早まっていた鼓動は誰にも聞こえていないだろうかと、しなくても良い心配をする自分に人知れず呆れてしまう。
けれど、どうしようもない程に心がセシリヤを求めていることは確かな事実であると、認めざるを得ない。
彼女の隣に自分ではない誰かが立っている所は見たくないと、心の底で思ってしまったからだ。
例えそれが、ディーノの尊敬するジョエルであろうとも……。
この感情は決して彼女に抱いてはいけないものだ。
彼女の弟を見殺しにしたも同然な自分が抱いてはいけない感情。
しかし、既にディーノは引き返せない所にまで深く、足を踏み入れていたのだ。




