この感情は決して彼女に抱いてはいけないものだ -Dino-Ⅵ 【渇望】⑤
子供の興味は尽きないものだと聞いたことはあるが、まさかこれ程とは思いもしなかった。
城下で偶然セシリヤとプリシラと会い、プリシラたっての願いで一緒に仕立て屋に行く事になったまでは良いが、その道中、プリシラの興味を惹くものが多すぎて目的地までの道のりがいつもの倍以上も長い。
珍しい花を見つけてはフラフラと引き寄せられ、見た事のないお菓子を見つけては突然走り出して行ってしまう。
いつどこで何にプリシラの興味が惹かれるのかわからない為、常に目を離す事ができない。
この状況にディーノは終始緊張していたが、セシリヤは慣れているのかそんなプリシラの行動に慌てる事もなく、適切な対処をしているようだった。
「セシリヤちゃん、次はアレを食べてみたい!」
プリシラの指差す方向には小さな露店がいくつか並んでおり、彼女が興味を示したものはその中でも人気だと言う異世界の食べ物だ。
「あれは……、クレープですね」
「うん! わたし、まだ食べたことがないから、食べてみたい!」
今より昔、王がそれを広めた事で、今でも庶民の間では手軽に食べられるお菓子として人気を誇っているようだ。
(他にも王が広めたと言う食べ物は色々あるが、見た目のお洒落さが特に子供や女性の目を引くのだろう)
「でも、カフェでケーキも食べてジュースも飲みましたし、さっきも別のお店でおやつを買って食べていますから、今はやめておきましょう。お腹もまだいっぱいでしょう?」
「でもぉ……」
「先に仕立て屋さんに行って用事を済ませてから、またここへ来てみましょう」
「……わかった! 約束だよ!」
素直に言う事を聞き、再び仕立て屋へ向かう道に戻ったプリシラを見て、ディーノはセシリヤの対応に感心するばかりだ。
「子供の面倒を見るのは、中々大変なんですね……」
「プリシラちゃんは聞き分けも良いですし、まだ手のかからない方だと思います。……それに、いなくなったらいなくなったで、この瞬間がとても恋しくなるんですよ」
不思議ですよね、と先を歩いているプリシラを見つめながら話すセシリヤに、どう答えるべきなのかとディーノは頭を悩ませる。
恐らく、彼女は亡くなった弟の姿を思い浮かべているのだろう。
彼女から弟を奪ってしまう一因にもなったディーノには、軽率な返答をする事は許されない。
故に、何も答えられないまま、セシリヤと同じようにプリシラの姿を見つめる事しか出来なかった。
お互い一言も発さないまま暫く歩いていると、不意に前を歩いていたプリシラが立ち止まり、それからすぐに仕立て屋に向かう道を逸れて走って行ってしまった。
ディーノはセシリヤと顔を見合わせた後、すぐに二人でその小さな背中を追って走る。
見失わない様うまく人混みを避けながら走って辿り着いた場所は大きな教会で、そこには正装をした大勢の人が何かを待っているようだった。
「ねえ、セシリヤちゃん! あの人たち、何をしてるの?」
「あれは……、多分、結婚式ですね。教会の中から新郎と新婦が出て来るのを待っているんでしょう」
「けっこんしき? ってなあに?」
「お互いを好きになった男女が、神様の前で一生その相手を愛すると誓う儀式です」
セシリヤの答えを理解したらしいプリシラは、途端に興味津々で瞳を輝かせた。
暫く見ていると、係員らしき人から周囲に集まっている人たちに色とりどりの風船が配られる。
「あの ふうせん は、どうしてくばってるの?」
「新郎と新婦が出て来たら、幸せが天まで届くようにと願いを込めて皆で一斉に空へ放すんですよ」
「そうなんだ! おもしろそう! でもここからじゃよく見えないや」
小さなプリシラが背伸びをしてみるが、どう考えても背伸びをしたくらいではよく見えないだろう。
二人の会話を傍で聞いていたディーノは、プリシラを驚かせないように一声かけると、その小さな体を抱き上げた。
抱き上げられた事で目線がディーノと同じになったプリシラは大喜びで周囲を見渡し、もう少し近くで見たいと言う彼女の要望に応え、セシリヤと一緒に教会に向かって歩く。
途中、風船を配っていた係員が「良ければお子さんと一緒にどうぞ」と三人に余っていた風船を手渡してくれた。
親子と勘違いされた事をすぐに訂正しようとしたディーノだったが、隣に立っていたセシリヤがそれを制止する。
忙しい係員に余計な気を遣わせてはいけないと言う彼女なりの気遣いなのだろうとすぐに察したディーノだったが、勘違いされたのも特に悪い気はしないと思い直して口を噤んだ事は、ここだけの秘密である。
縁もゆかりもない新郎新婦の結婚式。
暫くして教会のドアが開くと、華やかなドレスを纏った新婦と新郎が現れ、教会の周囲で待機していた人々からは祝福の声や口笛が響き渡り、二人とも幸せそうだった。
「わああ! あの女の人、とってもきれい!」
「きっと、人生の中で一番美しく輝いている瞬間ですね」
プリシラの感嘆の声に答えたセシリヤをチラリと盗み見たディーノは、再び新婦に視線を戻す。
……セシリヤさんも、憧れたりはするんだろうか。
ふとそんな考えが頭を過り、それからいつかセシリヤの隣に立つだろう人物を考えた所で、今現在この場の主役である新郎と新婦から合図が送られた。
二人の合図で、配られた風船が次々と空へ放されて行く。
歓声が沸き上がり、晴れて夫婦となった二人が誓いの口づけを交わすと、祝福の鐘の音が響き渡る。
空を見上げれば、三人が放った風船も、風に乗って空高く舞い上がって行った。




