この感情は決して彼女に抱いてはいけないものだ -Dino-Ⅵ【渇望】①
勇者が旅立ち、ジョエルに団を任されてから三ヶ月が経とうとしている。
人手は減っても各団に振り分けられる業務は相変わらずで、ディーノは毎日を忙しく過ごしていた。
書類の整理はオリヴェルが積極的に手伝ってくれていることもあり、滞る事無く処理出来ていたし、剣の稽古や監視区域の魔物の討伐も順調だ。
しかし、こうも順調すぎるとかえって調子が悪くなってしまうのか、討伐に出た際、ちょっとした隙を突かれて魔物から一撃を食らってしまったのだ。
本当に何でもない一撃。
怪我はなかったが、代わりに愛用しているマントと制服が盛大に破損してしまった。
不覚である。
討伐から戻ったディーノの有様を見たオリヴェルからは「休める時に休まないからですよ」と言う小言を貰い、ついでに破損したマントと制服の修繕を頼んで来いと強引に休暇を出された現在、一人城下へ向かっている最中であった。
(オリヴェルは部下のはずであるのだが……)
……それにしても、修繕に出す為だけに一日休暇を取る必要があるのか?
業務の合間に修繕に出しに行けば良いのではと内心思ったものの、オリヴェルのよく回る口にはどう考えても勝てる気はせず、頭を過る考えを振り払った。
それに、言われて見ればオリヴェルの言う通り、ここ暫くは休暇らしい休暇を取った記憶がない。
別に部下が仕事が出来ないと言う訳でも、信頼していないと言う訳でもないのだが、どうしても休んでいられず何かをしていないと落ち着かないのだ。
(ジョエルが魔王討伐の旅へ行っている間、団を任されていると言う現状がそうさせているのかも知れない)
とりあえず、言われた通りに休暇を取って城下に向かっているが、マントと制服を修繕に出した後の時間をどう過ごしたら良いのかがわからない。
騎士団に入団したての頃は先輩に連れられ城下へ遊びに出る事もあったのだが (どんな遊びをしていたのかは若気の至り故に言えない)、今となっては一切の興味を持てなかった。
そうかと言って他にする事も思いつかず、一体どうしたら休んだ事になるのかと頭を悩ませる。
しかし思いつくことはすべて仕事に繋がってしまう為、どうにもならないなと頭を抱えていれば、城門の近くで見知った姿を見つけて声をかけた。
「マティ、巡回の帰りか?」
「ああ……、最近は浮かれている連中が多いのか小さな揉め事が多くて困る。そう言うディーノは非番か」
「破損したマントと制服を修繕に出すだけなんだが、休暇を取れと言われて……、押し負けた」
「たまには良いんじゃないか? 傍目から見ても、お前は働き過ぎだ」
「それはお互い様だろう?」
同じように団長が魔王討伐で不在の第七騎士団も、マティにかかっている負担は相当なものだろう。
ここ最近は、第七騎士団で人手不足が深刻と聞いている。
血気盛んな騎士が多く所属しているせいで怪我も絶えず、時には無謀な戦いをして引退を余儀なくされる者も少なくないようだ。
「また第七騎士団で退団者が出と聞いた。こんな時期に仕方ないとは言え、人手が減るのは痛いな」
「まったくだ……。そのおかげで巡回の編成も常に考え直さなきゃならないし、休む暇もなくやる事づくめだよ」
肩をすくめるマティに同意すると、お互い疲れた顔を見合わせた後苦笑した。
「……もしも魔王なんてのが存在しなければ、もっと違う人生を歩んでいたかも知れないのにな」
退団して行った者を思って呟かれたのだろうその言葉に同意し頷くと、マティは溜息を吐き出した後、ディーノの眼帯を指差して金具が劣化していると指摘した。
長らくこの眼帯を使用していたが、そろそろ新調しなければならない時期が来たのだろう。
劣化を指摘してくれたマティに礼を言うと、城に戻って行く彼の背中を見送った。
……もし、魔王がいなければ。
先程マティが呟いた言葉を思い起こしたディーノは、そんな絵空事を思い浮かべる。
ディーノがこの世界に生まれる以前より存在していた脅威。
もしもそれがこの世界に存在していなければ、騎士になる事も左目を失う事も無かったし、多くの仲間を危険に晒した挙句に亡くす事も無かった。
セシリヤから弟を奪ってしまうことも無く、そしてまた、彼女と出会う事も無かっただろう。
「……いや、魔王がいたからこそ出会えたんだ」
しかし、決して良いとは言えない出会い方だった。
こんな運命に感謝する事は、許されないと頭では分かっていても……、それでも……。
「俺は……、」
口から零れそうになる言葉を飲み込むと、ディーノは足早に城下へ向かって歩き出した。
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