建前に、興味があると言う本音を隠した -Yuri-Ⅱ 【発見】①
彼の記憶を持ってでさえも、彼女については何ひとつとして解らなかった。
【08】
日頃の慌ただしい医療団での仕事から解放される非番の日は、城内にある書庫で本を読むのがユーリの楽しみだ。
この書庫は一般開放はされておらず、騎士団や魔術団、医療団に所属している限られた者にしか立ち入りが許されていない為、貴重な文献も豊富に保管されている。
現状、この書庫の利用をする者もほぼいないので、一人の世界に入ってじっくり本を読める事がユーリにとって最大の魅力なのである。
幼い頃から本を読む事が大好きだったユーリは、彼の住む小さな町にあった図書館へ毎日足を運ぶと日が暮れるまでそこで本を読み耽り、何年も通い続ける内に取り扱っていた本全てを読破してしまう程の読書家だった。
最早、読書中毒と行っても過言ではない彼は、ロガールへ行って騎士団へ入団すればもっと豊富な本が読めると言う噂を聞きつけ、傍から見ればたったそれだけの為に魔術の勉強や剣の稽古に心血を注ぎ、学院を卒業し見事医療団へ入団を果たしたのである。
元々臆病な性格もあり戦闘には向いておらず、本から吸収した治療魔術や技術に関しての知識があった為の配属だった。
とは言え想像以上に医療団の仕事は忙しく、入団後、こうしてゆっくり書庫へ来たのはこれが初めてではないだろうか。
入団したての頃は仕事を覚えることと、与えられた仕事に慣れることに精いっぱいで、非番の日は疲れで一日ベッドの上から降りられなかった気がする。
今日は書庫へ来る以外の予定は何も入れておらず、今まで足を運べなかった時間を取り戻す勢いで本を読むぞと意気込んだユーリは、とりあえず奥の書棚から制覇しようと並んだ背表紙に目移りしながら軽い足取りで通路を進んで行く。
どれも今まで読んだことの無い本ばかりで、あれもこれもと手に取る内に、ふと毛色の違う一冊の本を見つけたユーリは、吸い寄せられるかのようにその背表紙に手を伸ばした。
取り出して見ると古びてところどころ汚れており、他の本に比べると随分薄く、中を開けばズラリと小さな文字が書き連ねてあった。
パラパラと捲って見るが、どのページも知らない文字ばかりで、どんな事が書いてあるのかは全く理解できなかったが、一番最後のページに書いてあった、ひどく歪な文字だけは辛うじて読み取ることが出来た。
―――あなたを傷つけてごめんなさい、セシリヤ。
自分のよく知る人物の名前が書かれていたことに驚いたユーリは、思わず本を閉じて周囲を見回し、誰もいない事を確認すると再びページを捲って見る。
確かに、この一行だけはユーリの慣れ親しんでいる文字で書かれている。
けれど、書いた人物はこの文字を書き慣れていないのか、ひどく形が歪んでいる。
まるで、子供が初めて文字を練習した時のような、一生懸命何かを見ながら書いたような必死さが伝わって来るのだ。
しかも、セシリヤ宛てに書かれていると言うのがどうにも引っかかる。
偶然と言う可能性もなくはないのだが……、それでは、この見たこともない文字は、一体……。
もしかすると、この書庫のどこかに解読できる本があるのかも知れない。
そう思ったユーリは、見つけた本を手に手がかりを求めて書庫の棚を見て回ったが、膨大な数の本を保管している書庫をたった一人で虱潰しに探す事はあまりにも困難で、二列目の棚を探し終えた所で心が折れてしまった。
陽の光はここへ来た時よりも少しだけ角度を変えていて、無謀な挑戦に時間を潰すより当初の目的である読書をした方が良いと考え直したユーリが顔を上げれば、自然とその先にあった扉が目に入る。
重厚な作りの扉の前には、立ち入りを禁止しているのか行く手を阻むようにチェーンで一線が引かれており、けれど、経年劣化によるものなのか、意図的なものであるのかはわからないが、一部が破損しだらりと床に垂れ下がっていた。
あまり利用されない書庫であるが故に、この破損に誰も気が付いていないのではないかと気になったユーリは誰に伝えるべきかとも思案したが、もしかすると誰か用事があって意図的にこの扉の先へ入って行ったと言う事も考えられる。
もしもそうであったのなら、確認もせずに誰かに報告してトラブルになっては申し訳ない。
念のため、誰かいるのかくらいは確認をしてからにしようと言う建前に興味があると言う本音を隠したユーリは、扉を押し開ける為に手を伸ばした。
「ストップ。それ以上は、流石に王の許可がなきゃ入れない所だよ」
「うわあっ!」
まさに今、扉を押し開けようとしていたユーリの両手を掴んだ人物の声に悲鳴を上げ、息継ぎを忘れるほどに「ごめんなさい」と謝罪を繰り返した。
扉を開ける事を制した人物は、確かに<王の許可>が必要であることを言っていた訳で、知らなかったとは言え勝手に立ち入ろうとしていた事が公になれば、物理的に首が飛んでしまうに違いない。
好奇心に負けて選択をミスしてしまった事に後悔し謝罪しても今更であるのだが、せめて本の一冊くらい読んでおくんだったと人生の末路を悲観していると、
「いや、別に何かしようってわけじゃないから、そんな萎縮しないでよ」
掴まれていた両手が解放され、恐る恐る背後を振り返れば、無駄に色めいた笑顔の優男が立っていた。




