握った鳥籠の鍵は、未だ捨てられないままだ -Margret- Ⅲ【未練】④
……それにしても。
「ところで、何でセシリヤちゃんにプリシラちゃんが預けられたの?」
「プリシラちゃんの希望です。知っての通りセシリヤにはかなり懐いていますし、そう言う人が傍にいればイヴォンネ団長も安心して討伐に集中出来るでしょうから。勿論、業務に支障が出てはいけないので、魔術団の方とも交代でと言う条件ですが……」
「なるほどねぇ」
この男は一体どこまでついて来る気なのかと、マルグレットは心の中で大きな溜息を吐く。
問題の解決をお願いしてしまった手前あまり強くは言えず、淡々と彼の質問に答えながらどうやって一人になろうかと考えていれば、
「まぁ、セシリヤちゃんにも子供がいたみたいだし、扱いには慣れてる方が何かと良いよね」
不意に発せられたアロイスの言葉に、思わず立ち止まってしまった。
……どうしてこの男がそれを知っているの?
セシリヤがアレスを拾い育てていた事を知っているのは、彼女と親しくしていた極わずかな人間だ。
騎士団の中でその話が漏れないように細心の注意を払っていたにも関わらず、何故アロイスはそれを知っているのか。
問いただしたい衝動に駆られたが、それをすればアロイスの発言を肯定する事になる。
セシリヤにとって、一番触れて欲しくないだろう傷を暴露してしまうような愚行は出来ない。
決して顔に出さない様振り返り、アロイスを見上げる。
「彼女は未婚ですし、子供もいません。誰かと勘違いなさっているのではありませんか?」
「えー? 僕の記憶違い? ……まあ、僕が見たのも十五年以上も前の事だからねぇ」
「でしたら尚更です。思い違いでもセシリヤにはそんな事を言わないで下さいね。大変失礼に当たりますから」
「思い違いかぁ。僕も年を取ったんだなぁ……、衰えを感じるよ」
大袈裟なまでに肩を落としたアロイスの言葉に、長寿種族の混血であるマルグレットは思わず喧嘩を売りに来ているのかと言いたくなったが、これ以上セシリヤについての話をされても困ると言葉を飲み込んだ。
しかし以前から思っていたが、アロイスはセシリヤについて何を知っているのだろうか。
(聞けないけれど)
何故、セシリヤについてそんなに知りたがるのだろう。
騎士団を去ろうとしていたセシリヤを、マルグレットが必死に引き止めていた時もそうだ。
何かを知っている素振りを見せていた。
まるでマルグレットが知らないセシリヤを知っているとでも言うように。
「見守る事しか出来ないって言うのも、中々辛い立場だよねぇ」
「一体、何の話をしているのですか? あなたは、セシリヤの何を知っていると言うのですか?」
苛立ちを隠せないままアロイスに問えば、彼はきょとんとした表情を浮かべ、それから困ったように笑うと、
「残念だけど、僕は本当の彼女の事は何一つ知らないよ。マルグレット団長の方が、よく知ってるんじゃないのー? 大切なお友達なんでしょ? だからこうして大事に鳥籠に閉じ込めたんじゃないの?」
そう答えた。
恐らく、他意はなかったのだろうアロイスの言葉。
けれど、それは鋭い刃となってマルグレットの心を抉って行った。
彼の放った言葉を否定したくても、身体が石のように硬直して指先ひとつ動かすことが出来ない。
そんなマルグレットの様子を知ってか知らずか、アロイスは「不届きな騎士の件は任せといてよ」といつもの調子で言い残し、先を歩いて行った。
その場に取り残されたマルグレットは、アロイスを背を見つめながらくちびるを噛み締める。
……私だって……、本当のセシリヤの事は何も知らない……。
セシリヤとの付き合いは長くあったものの、彼女の口から彼女自身の事が語られた事は一度もない。
どんな所で育ち、どんなものを見て、どんな人生を歩んで来たのか。
長い歳月の間、ただの一度もセシリヤの口から聞いたことはなかった。
ただ、彼女と接する人間を見ていつも何となくその関係性を察しているだけで、それが本当に合っているのかどうかもわからない。
深く聞けば鬱陶しいと思われてしまうかもしれない、離れて行ってしまうかもしれないと怯え、セシリヤの身に何かが起こってもマルグレット自身の手で助ける事すら出来ず、今はただ鳥籠の外から静かに見守っているだけだ。
「これで友人だなんて……、よく名乗れたものだわ」
吐き捨てるように呟くと、マルグレットは止まっていた足を踏み出し書庫へと向かう。
握った鳥籠の鍵は、未だ捨てられないままだ。
【END】




