握った鳥籠の鍵は、未だ捨てられないままだ -Margret- Ⅲ【未練】②
医療団に、久しぶりの平穏が訪れた。
セシリヤとプリシラに休暇を出したことで、医療団にやって来る不届きな騎士たちの姿が見えなくなったのだ。
ほんの付け焼刃にしかならない対処だったが、連日対応に追われていた団員たちも今日は心穏やかに過ごせるだろう。
その間にどうにかして対策を練らなくてはならない。
城下へ行って来ると言う二人を見送った後、プリシラの頼み事でセシリヤの使用している部屋に入ったマルグレットは、扉が閉まると同時に溜息を吐き出した。
プリシラが悪い訳ではないのに、強引に休暇と称して医療団から追い出したようで罪悪感を覚えたが、「お土産買って来るね」と無邪気に笑ってセシリヤの手を握り嬉しそうに城下へ出て行くプリシラの姿を見て、少しだけ救われた気がする。
しかし、同時に別の罪悪感が芽生えていた。
セシリヤに手を引かれて行くプリシラの姿に、"アレス"の姿を見てしまったからだ。
ふと、余計な事をしてしまったのではと思ったマルグレットだったが、顔に出せばそれこそセシリヤに気を遣わせてしまう為、何事もなかったように手を振って二人を見送った。
……アレスが生きていれば、セシリヤも今とは何かが違っていたのかも知れない。
セシリヤが拾い大切に育てたアレスの最期の姿は、とても惨たらしいものだった。
遺体など見慣れているはずのマルグレットでさえも、思わず目を逸らしてしまいたくなる程に。
あの時、アレスと対面したセシリヤはどんな気持ちだったのだろう。
泣き喚く事もなく、粛々と事実を受け止めていたように思えたが、悲しみの陰はより深く彼女の心に根を張ったに違いない。
そしてそれは今もセシリヤの心を覆い、固く閉ざしているのだ。
プリシラに返却して置いて欲しいと頼まれた絵本を探してぐるりと部屋を見回せば、机の上に片方だけの古ぼけた小さな靴が置いてあるのが見える。
アレスが生きていた頃のセシリヤを思い出したマルグレットは、その小さな靴をひと撫ですると、同じく机の上にあった絵本を手に取り部屋を後にした。
プリシラがセシリヤに読んでとせがんでいた絵本は、年季が入っているのか所々ボロボロになっている。
一体どんな内容なのだろうかと気になりページをぱらぱらと捲ってみれば、異国の伝承を元にした物語のようだった。
随分古くからある物語のようだが、マルグレットは幼い頃に読んだ記憶も読んでもらった記憶もない。
当時は父親からの干渉がひどく、自ら望んだものは何一つとして与えられたことが無かった為だろう。
何となくこの読んだ事のない絵本に心が惹かれたマルグレットは、傍にあった椅子に座ると絵本を読み始めた。
『西の果てに、とある王国がありました。
その国は神様を崇め、民がそれを信仰していました。
神様は彼らの信仰心をもとに願いを聞き入れ、国を豊かにしてくれました。
しかし、時代が移り変わるにつれて次第に神様に対する信仰心は薄れ、やがて神様は誰からも見捨てられてしまったのです。
悲しみに打ちひしがれ、いつしか悪しき神へと変わり果ててしまった神様は、王国を滅ぼすと姿を消してしまいました。
唯一生き残った王家の人々は、自分達のせいで悪しき神となってしまった神様への信仰心を取り戻す為に布教の旅へ出る事にしました。
彼らは旅の先々で様々な人との出会いや別れを繰り返しながら、少しずつ神様への信仰を集めました。
時には迫害や差別、裏切りに苦しむ事もありましたが、彼らは神様への信仰心を忘れず誠実であり続けました。
それからいくつもの世代が変わった頃、悪しき神となった神様はたくさんの信仰を集めてくれた子孫の前に姿を現し、その内の一人を指差して言いました。
「お前たちのお陰で多くの信仰が集まった。しかし、もう私に神としての力は残っていない。私の代わりに、お前が新たな神となるのだ」
神様は残っていた僅かな力と清らかな魂の欠片を子孫に託すと、砂の様に消えてしまいました』
どうやら、物語はここでおしまいのようだ。
新しい神様になった子孫はどうなったのかのオチはないが、伝承をもとにして作られた物語と言うのだからその先は誰も知らないのだろう。
(実際のところ、本当にこんな神様がいたのかもわからないし、新しい神様になった子孫がいるのかどうかも定かではない)
一体誰が書いた物語なのかと作者名を探して見たが、絵本のどこにも見当たらなかった。
閉じた本をじっと見つめていると、マルグレットの目の前に誰かが立ち止まり、視線を足元から上へ寄越した直後、気づかないふりをすれば良かったと後悔する。




