お前がその手を汚すのは、魔王を倒す時だ。 -Arman-Ⅵ【信頼】④
僅かに自嘲の混ざった言葉が、やけにはっきりと耳に残る。
アルマンは何とも言えない気持ちになって拳を握り締めると、隠れていた木の陰から出てユウキの元へ歩き出した。
ユウキが努力して来たこの数ヶ月を知っているアルマンは、決してユウキを見限るつもりはない。
例え、実践でまともに剣が振れなくても、人を殺す事に戸惑いを見せても、生きて来た世界が異なるユウキの努力は本物であると知っているからだ。
最初こそ最悪の出会い方をし、ユウキを臆病者と見下していたところもあったけれど、彼は一度も剣の練習で弱音を吐いたことはなかったし、逃げ出す事もなかった。
だからこそ、ユウキがそんな事を考えていたなど思いもしなかったのだ。
……剣の扱い方を教えるだけじゃダメな事くらい、わかってたはずなのに。
誰かがその努力を認めて褒めてやらなければ、いつまでもユウキは自分を肯定する事が出来ないままだ。
もっと頑張らなくてはと、間違った方向に努力を向けてしまう。
アルマン自身がそうだったように。
特にこの世界の現実を知らないユウキに関しては、実践を通して精神的な部分でも支えてやらなければならなかったのに、あいつなら大丈夫だろうと言う油断からアルマンはそれらを怠ってしまった。
―――それから彼の心を、支えてあげて下さい。
セシリヤの言っていた事をここでようやく理解したアルマンは、自らの無能さに腹が立って仕方なかった。
一度深呼吸をして苛立った心を落ち着かせると、八つ当たりにならないよう言葉を選んでユウキに声をかける。
「こんな時間に護衛もつけないで一人で抜け出す奴があるか! 何かあったらどうすんだ!」
「アルマンさんっ……!」
驚いてアルマンを見上げるユウキに無言の圧力をかけると、彼の口から小さな謝罪の言葉が聞こえて来た。
(別に謝罪が欲しかった訳ではないのだが……)
「一人になりたい気持ちはわかる。だからって単独で行動するな。お前に何かあったら、ジョエル団長が責任を取る事になるんだぞ!」
「ご、ごめんなさい……、考えごとに夢中になって、誰かに迷惑とか心配をかける所まで気が回りませんでした」
しょんぼりとするユウキの姿を見て、これ以上責めるような発言は控えた方が良さそうだと判断したアルマンは、出来るだけ声を荒げないように注意しながら、何をそんなに考えていたのかと訊ねて見る。
(だいたいは聞いていた為、非常に白々しいと自分でも思った)
その質問が意外だったのか、ユウキは目を丸くした後、視線を彷徨わせながら小さな声でぽつりぽつりと話し出した。
「人と対峙した時、剣を振るう事を戸惑ってる自分が情けなくて。勇者として頑張るって決めたのに……、いざそんな場面に遭遇すると、本当に斬って良いのか……、迷ってしまうんです」
「……」
「斬らなければ自分がやられるってわかっていても……。それじゃダメだってわかってても、どうしても斬る事が出来ない……」
ユウキの言葉を聞き、アルマンはその原因が価値観の違いだと言うことに気が付いた。
この世界とは違う平和な世界で暮らして来た平凡な少年が、この世界の"勇者"だからと言って持っている価値観を簡単に覆せる訳がないのだ。
その葛藤は、人間として真っ当と言えるだろう。
しかしそれがこの世界に召喚されたユウキにとって足枷になろうとは、何とも皮肉な事だ。
「お前の持ってる価値観や、それに対する葛藤はこの世界じゃ間違ってるかも知れねぇが……、多分、人間としては間違っちゃいねぇよ」
突然召喚された世界で、何の迷いも葛藤もなく立ちはだかる全てへ剣を振るう事の出来る人間の方が稀だ。
もしもそんな人間が存在したとすれば、元々どこか狂っているのだろう。
逆にそうであった方が、ユウキにとっては楽だったのかも知れない。
けれど、ユウキはそうではなかった。
それならば……、
「俺たちと、お前の生きて来た世界の価値観の違いだ。簡単に割り切れるもんじゃねぇなら、お前はそれを貫け」
ユウキの価値観を肯定するまでだと、アルマンは言い切った。
「勇者は魔王を倒す為にいるんだ。賊とは言え、人間相手に何の迷いもなく剣を振りかざす為にいるんじゃねぇ」
この世界にユウキのような価値観を持った人間がいても良いと肯定し、それでもこの世界に必要不可欠な存在である事を教えてやりたかった。
「俺は、仮にお前が人を斬る事ができなくてもお前を見限るつもりはねぇ。斬れねぇなら周りの騎士達を頼れ。お前のその手を無駄に汚す必要はねぇ。もし、誰にも頼れないなら俺を頼れ。いつでも、お前の剣の代わりになってやる」
そして何より、ユウキに心から信頼して欲しいと思った。
今までの散々な態度のせいで簡単には信じてくれないだろうけれど、これだけは嘘偽りがないと言える。
(残念ながら、アルマンにはそれをどう伝えれば良いのかわからない)
「お前がその手を汚すのは、魔王を倒す時だ。……覚えとけ」
アルマンよりも随分と下にある頭に手を置けば、僅かにユウキの瞳が揺れ、薄っすらと涙で滲んでいた。
泣かすつもりはなかったが、ユウキの表情を見る限り否定的な解釈をした訳ではなさそうだ。
それに安堵したアルマンが笑えば、つられるようにユウキも笑う。
それからふと我に返ったアルマンは、この何とも言えない空気にむずがゆさを覚え、乱暴にユウキの頭を撫でまわすと、
「愚痴吐き終わったんなら、さっさと戻るぞ。お前がテントにいない事がバレたら大騒ぎになるからな」
いつもの調子でそう言って、背を向け歩き出した。
「アルマンさんっ……! 聞いてくれて、ありがとうございますっ!」
大きな声で礼を言うユウキに一瞬頭痛を感じたが、それも悪くないと思えるようになっただけアルマンも大人になれたのだろう。
「……でけぇ声出すなっての」
妙な恥ずかしさを誤魔化すようについた悪態は、誰に届くこともなく、穏やかな夜風に攫われて行った。
【END】




