お前がその手を汚すのは、魔王を倒す時だ。 -Arman-Ⅵ【信頼】③
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今夜の野営場所を確保した後、旅に同行する団長・副団長がジョエルの元に招集される。
今後の旅の経路の再確認をする為だ。
他よりも随分と広いテント内であるにも関わらず、漂う雰囲気がやけに重苦しい。
招集された中にユウキの姿は見当たらず、それとなくジョエルに訊ねれば「かなり疲労していた為に早めに休ませた」と返答があった。
(慣れない戦闘続きであったから、それも仕方ないだろう)
ユウキも不在でどことなくギスギスした空気が漂う中、アルマンは今日の出来事を振り返る。
賊との戦闘が終わったと思えば血の匂いに引き寄せられた魔物の群れに遭遇したり、予定していた経路上にある橋が崩落すると言う予期せぬ事故で回り道をしなければならなくなったりと、とにかく予想外の出来事が多すぎた。
旅に出る半年以上前から、シルヴィオ率いる第二騎士団が経路調査をして安全を確認していたにも関わらずこのざまだ。
本当にしっかり調査をしていたのかと言うアルマンの疑問を代弁するかのように、目の前でイヴォンネがシルヴィオに問いただしていた。
「この回り道はかなりの痛手ね。本来なら物資の補給を出来る村に着くまで二日しかかからない予定だったのに、回り道のお陰で六日もかかるんだから。万が一の備えをしているとは言え、こんなに早く予定が崩れると後で苦しくなるわ。事前調査も甘かったんじゃないの?」
「僕は悪く言われてもいいけど、身体を張って調査して来てくれた部下を悪く言うのはいただけないなぁ。確かに回り道になっちゃうけど、こうして別のルートを見つけておいてくれたんだから良いじゃない。元々、この旅に確実な安全なんて保証は無いんだしさ」
険悪なムードになりつつある二人の会話に口を挟む程馬鹿ではないとアルマンが成り行きを見守っていれば、両者の主張を聞いていたジョエルが間に入って仲裁に出る。
「二人とも落ち着いて。どちらの言い分もわかるが、起きてしまった事をどうこう言っても仕方がない。もしかしたら調査を終えた後に何かがあった可能性だって十分に考えられる。念の為、この先の経路の確認をしながら進むのが無難だろう。第二騎士団には負担になるかも知れないが……、シルヴィオ、お願いできるだろうか」
「言われなくてもそうするつもりだったし……、もうとっくに偵察部隊を出してるから心配いらないよ」
シルヴィオの判断で既に偵察部隊が動いている事を聞いたイヴォンネは、しぶしぶ納得したのか椅子に腰を下ろした。
「<封印の地>に到着するまでの間、物資の補給や休息で立ち寄る事になっている村や町の状態も確認しておいた方が良いだろう。もしも万が一の事があれば……、この旅は困難を極める事になる。出来る事ならば避けたい事態ではあるが……」
「二日後には一報が入る事になってるから、とりあえずはこの回り道を進みながら考えようよ。他に進む道も無いことだし、始めから気を張りすぎだよ」
重苦しい雰囲気にはそぐわない、あっけらかんとしているシルヴィオの声がテント内に響き、それまで黙って地図を眺めていたラディムが発言する。
「確かに他の道はなく遠回りは痛手ですが、とりあえず次の村に到着するまでの間の物資は十分にあるので、今の所心配は不要でしょう。最悪、転移魔具でロガールから物資を運ぶ手はずも整っているので、シルヴィオ団長の言う通り、偵察部隊の一報を待ちながら進みましょう」
「……では、一報が入った際には、また改めて会議を開くことにしよう。皆、お疲れ様。明日の為にも、ゆっくり休んでくれ」
ラディムとジョエルの言葉にその場の殆どの人間が同意を示すと、解散の指示でそれぞれのテントへ戻って行く。
アルマンも彼らに続いて与えられたテントを目指し歩いていると、不意に視界の端で何かが動いた気がして振り返った。
陽もとっくに落ちたこの時間、周囲は薄暗くはっきりとは見えなかったが、あの背格好を見る限りユウキに間違いないだろう。
ジョエルから早めに休ませたと聞いていたが、こんな時間にテントを抜け出して一人でどこへ行こうと言うのか。
騎士団の野営場所とは言えこんな薄暗い場所だ、魔物や賊が出ないとも限らない。
一瞬、アルマンの脳裏に良くない考えが過り、すぐにその場を駆けだした。
……あの馬鹿野郎、何考えてんだ!
そう遠くへ行くことはないだろうけれど、最悪の事態を考えると悠長にはしていられなかった。
ユウキの姿を追って走るアルマンだったが、意外とユウキも夜目がきくのか進む方向には迷いがなく、何かに足を取られる事もない上に足も速い。(意外なユウキの特技を知った気がする)
アルマンも離されまいと全力で後を追うが、一向に縮まらない距離に思わず舌打ちしてしまった。
しかし、ここで大声を出して止まる事を求めれば、声を聞きつけたよからぬ者が襲って来るかも知れない。
結局、このままユウキへついて行くことしか選択肢はなく、悪態をつきながらその小さな背中を追いかけた。
それから程なくして開けた高台に辿り着くと、ユウキはそこで立ち止まって軽く乱れた息を調えているようだ。
アルマンは少し離れた木の陰に隠れ、ユウキの様子を見守る事にした。
「リアン、見てよ。星、すごく綺麗だね。元の世界の空より星が多く見えるよ」
子猫に呟いたユウキの言葉につられて空を見上げれば、確かに沢山の星が空を覆い輝いているのが見えた。
ロガールにいた時は、ここまで多くの星が見られる事はなかった気がする。
(そもそも星空を気にした事がなかった)
「カメラがあれば写真にとっておけたのにね。スマホは鞄の中にあるけど、充電できないから使えないし……」
こんなどこにでもある星空など写真に残してどうするのだと聞きたくなったが、ここで声を出す訳にも行かずぐっと堪えた。
「……僕が、間違いなくこの世界で生きていたって証を残しておく術がないんだ」
この世界に召喚されただけで勇者と崇められ、皆の記憶に間違いなく刻まれる存在であるにも関わらず、何故そんな証を残す必要があるのだろうかと重ね重ね疑問に思い、アルマンは訝し気に首を傾げる。
「それからね、旅に出て戦闘に遭遇してわかったけど……、やっぱり死ぬのも誰かを殺すのも同じくらい怖い事だって、改めて思ったよ。剣を一振りするだけでその人の人生が簡単に終わっちゃうんだ。僕はただ見ていただけだったけど……残ったのは、罪悪感だけだった」
命を奪う事も死ぬのも怖いと、改めて呟いたユウキが子猫を抱き締めると、小さな鳴き声が響いた。
「僕が勇者だ、って大勢の前で言い切ったのに……、情けないよね。いざ実践になると、まともに魔術を使う事も剣を振る事さえも出来なくなるんだから。こんなんじゃ、その内みんなに見限られちゃうよ……。もっと、頑張らなくちゃいけないのに」




