お前がその手を汚すのは、魔王を倒す時だ。 -Arman-Ⅵ【信頼】②
旅の道中、賊や魔物に襲われる事は想定していたが、魔物よりも賊の数の方が上回っているのではないかと思わずにいられない。
ロガールを出発してから早四日、現在対峙している賊の集団は、アルマンの記憶が正しければこれで四つ目だ。
大した相手ではないとは言え、こうも連続で出くわすと流石に煩わしい。
殺さずに見逃す事も出来るが、そうすると彼らがまた別の人間を襲う事は明白で、後々の被害を抑える為にもここで斬り捨てるしか選択肢はなかった。
普段から対人間にも慣れている騎士達が次々と相手を斬り倒して行く中、実践に出てから日の浅いユウキにとっては非常に酷な現実だろう。
現に剣を握った彼は、攻撃をいなす事は出来ても反撃する事を迷っているようだった。
いつまでも相手に反撃せず、いなすだけで無駄に体力を消耗して行く姿に溜息を吐くと、アルマンは横から斬りかかって来た賊の剣先を躱して迷わず首を落とす。
それからユウキに向かって剣を振り上げている賊に素早く近づくと、がら空きの背後から斬りつけた。
「おい、ここは鍛錬場じゃねぇ! テメェの命がかかってんだ、迷うな!」
血飛沫を上げながら倒れて行く身体を見て固まっているユウキに一喝すると、我に返った彼が慌てて礼を口にして剣を構えなおす。
けれど、気持ちと身体がうまくかみ合っていないのか、踏み込みも浅く剣筋にも迷いがありありと見て取れる。
これならば、一緒にいる子猫の方がまだ役に立つのではと心の中で毒づきながら、アルマンはユウキに襲い掛かる賊を片付けて行った。
「アルマンさん……、ありがとうございました」
「いちいち礼なんざ必要ねぇ。お前を守るのも仕事の内だからな」
戦闘がひと段落した所で周囲の状況を確認したアルマンは、指示を出しているジョエルに従いこの場の後片付けを始める。
遺体の一片も残らないよう慎重にかき集めながら、ふとセシリヤに言われた言葉を思い出した。
―――できれば、勇者様が人を手にかける事のない様に見ていて欲しいんです。それから彼の心を、支えてあげて下さい。私は、彼の傍にはいられないので。
あの日、セシリヤは確かにそう言った。
例え道中で出くわした賊であろうとも、人間を殺めず済むように見ていて欲しい、支えてあげて欲しいと。
何を甘ったれた事を言っているのだとその時は思ったが、戦闘が終わっても顔色の優れないユウキを見れば、なんとなくセシリヤがそう頼んで来た理由がわかった気がする。
彼は、良くも悪くも優しく、真面目すぎるのだ。
一か所に集められ積み上がった多くの遺体を見て手を合わせるユウキの顔は、見ていられない程に蒼白だった。
死んだ彼らに対する感情と、彼らを殺す事が出来ずに皆の足を引っ張ってしまったと言う自責の念だろうと察したアルマンは、普段と変わらぬ態度でユウキに接し、その場から連れ出して馬車へ押し込める。
(流石にこの状態で馬には乗れないだろう。落馬されたらたまったものではない)
「いつまでも過ぎた事をうじうじ考えるんじゃねぇ。覚悟の上で賊に身を落とした奴らの末路だ、いつまでも引き摺るな」
「……はい、すみません」
「後処理が終わるまで、ここで休んでろ。絶対に出て来るんじゃねぇぞ」
僅かに震えている両手をぎゅっと握ったユウキはアルマンに頷くと、黙ったまま俯いてしまった。
ここ数日、魔物ではなく対人間が続いている為に、精神的にも参っているのかも知れない。
今まで血を見る事もなく平和な世界で暮らしていたユウキにとっては、さぞかし残酷な光景だったろう。
アルマンさえも、初めて人を手にかけた時は暫く悪夢に魘されたのだから。
いつの間にか割り切って命を背負う事に慣れてしまったが、生きて来た世界の違うユウキにはそれを強いるべきではないと、心のどこかでそう思っている自分に呆れの溜息を吐く。
……結局、甘っちょろいのは俺も同じか。
乱暴に頭を掻いて馬車のドアを閉めると、ジョエルたちの元へ戻り、報告と後始末に奔走するのだった。




