けれどそれらを、持ち合わせてなどいなかった -Joel- 【隠秘】③
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身じろぎをしたセシリヤの首に手が触れた瞬間、その違和感に気がついた。
肌の感触とは違う、少しざらついた布の感触。
それが包帯であると、ジョエルはすぐに気がついた。
「……これは、私に与えられた罰なの」
ジョエルの疑問を察したのか、首元に触れる彼の手を握りセシリヤはそう呟いた。
誰かを傷つけると、必ずその報いは形を変えて返って来るのだ、と。
恐らく彼女は、その報いを抵抗することなく受け入れたのだろう。
詳しい経緯など、ジョエルは知らない。
けれど。
「私には、これは本当に君に与えられるべき報いだったとは思えない」
セシリヤが無闇に人を傷つけることなどしないことを、ジョエルは知っている。
例えそこにどんな理由があったとしても、セシリヤは決して人を傷つけるようなことはしない。
共に過ごした長い時間の中で、ジョエルはセシリヤと言う人間の本質を理解している。
セシリヤは、他人を傷つけるならば、自分自身を傷つけることを選ぶのだ。
自虐的なほどに優しい彼女は、歪んだ感情の矛先を拒絶することを知らない。
「自分自身を慈しむことも、大切だよ、セシリヤ」
セシリヤの身体が微かに揺れ、彼女に回した腕の力が少しだけ、強くなる。
「痛いよ……、ジョエル」
痛みに呻いているのは、彼女の身体ではなく、心だ。
「苦しいよ……、ジョエル」
苦しさに悲鳴を上げているのは、彼女の身体ではなく、心だ。
歪んだ感情が向けられる度に、それは凶器に変わりセシリヤの心を砕いて行く。
歪んだ感情が向けられる度に、それは鎖に変わりセシリヤの心を絡め締上げて行く。
……その全てから彼女を解放する術を、ジョエルは知らない。
「ジョエルは、変わらないね」
「……何故、そう思うんだい?」
彼女の頭を撫でていた手を止めて、ジョエルは問う。
「ジョエルは、いつだって優しい……」
「……」
「何も聞かないで、優しい言葉をくれる」
「……」
「こうして、受け止めてくれる」
優しい言葉を紡ぐ事は簡単で、その身体を抱きとめることも簡単で、けれど本当に彼女が望んでいるのは、紡がれる優しい言葉でも無く、抱きとめられるこの腕でも無いことを、ジョエルは知っている。
「ジョエル……」
セシリヤの身体が不意に離れ、密着していた身体の一部分の熱が、冷えた空気に攫われて行く。
「もう、大丈夫。ありがとう」
部屋を出て行くセシリヤの後ろ姿を見送り、再び戻って来た静寂と闇。
つい先程まで手元にあったあのぬくもりは嘘のように消え去っていて、残されたのは微かな彼女の香だけだ。
何も聞かないのは、優しさなどではない。
不用意に彼女を傷つけてしまうことを、恐れているから。
それによって、自分自身が傷つくことを、恐れているからだ。
セシリヤが本当に求めているものは、その砕けて闇に沈んだ心に差し込む、強い光。
その絡みつく鎖を引き千切ることのできる、強い力。
けれどそれらを、ジョエルは持ち合わせてなどいなかった。
だからせめて、彼女が自分を頼り縋る時には全て受け止めてやりたいと、思った。
彼女の奥深い闇に届くことのない、微かな光であろうとも。
いつか、セシリヤがジョエルへそうしてくれたように。
「セシリヤ……」
長い時の中、不変であることが難しいことを知ったのはいつのことだろうか。
かつては眩いほどの輝きを放っていたセシリヤの姿は、今、誰からも忘れられてしまった。
けれど、輝きをいつも降り注いでいた彼女は、今もジョエルの記憶の中に眠っている。
愛しさと言う感情と共に。
【END】




