お前がその手を汚すのは、魔王を倒す時だ。 -Arman-Ⅵ【信頼】①
多くの国民が噂の勇者を目の当たりにし、彼の演説に心を掴まれた翌日。
シルベルトと共に謁見の広間に招集されたアルマンは、数名の騎士を従え待機していた。
広間には第一騎士団から第七騎士団、魔術団から医療団までが顔を揃えており、いよいよ魔王討伐に向けての軍編成がされるのだと言う実感に気を引き締める。
もしも今回の討伐の編成に入る事が出来たのなら、この上ない名誉になるだろう。
周囲を見渡せば、初めて討伐に編成されるかも知れないと言う期待に満ちた騎士達が、どことなく落ち着かない様子でいるのが見える。
アルマンも彼らと同様に落ち着かず、何とはなしに玉座に座る王を盗み見れば、王の隣に立っているユウキと視線が合ってしまい慌てて目を逸らした。
(別に悪いことをしている訳ではないのだが……)
……しかし、あいつが勇者か。
昨日の式典でのユウキの演説はいつもの彼とは思えない程に力強く、アルマンさえもあれは別人ではないのかと疑ってしまう程だった。
演説をしていた姿と普段の姿との差が激し過ぎて、今もまだ夢を見ているのではないかと軽く頬を抓って見たが、痛みを感じるあたりどうやら現実で間違いないようだ。
「皆、よく集まってくれた。昨日の式典の通り、新たな勇者がここに誕生した。そして今日、彼と共に魔王を討伐する為の軍を編成したいと思う。名前を呼ばれた者は、一歩前へ出よ」
王の声で、その場にいた全員がより張り詰めた空気を纏う。
ピリリとしたこの空気は、まるで戦場に立っているかのようだ。
「第三騎士団団長、ジョエル・リトラ。今回も、お主を討伐の旅の責任者として任命する。また過酷な旅になるだろうが、勇者を支え皆を引っ張って行って欲しい」
一番最初に名を呼ばれた彼は、前回の魔王討伐の際にも責任者として任命され、大いに貢献した実績があるのだから適任だろう。
一歩前へ踏み出し、王の言葉に光栄だと深く一礼するジョエルを眺めながら、アルマンは納得する。
「第五騎士団団長、ラディム・クンドラート。初の参戦となるが、ジョエルの優秀な補佐としてお主の持つ知恵と知識を存分に発揮し、皆の助けになって欲しい」
ジョエルの補佐として名を呼ばれた彼は、長寿種族のひとつであるエルフだ。
(あまり人里には降りて来ないと言われている種族の為、ロガールでも見かける事は少ない)
見た目よりも遥かに長生きしている彼の知恵と知識があれば、旅の途中で困難に遭遇しても上手く切り抜けられるだろう。
王の人選は、中々理にかなっている。
次々と呼ばれる名前の中にクレアとアンジェロも含まれていた事でアルマンの期待も膨らむが、いくら待っても一向に呼ばれる気配がない。
一歩前に出る騎士たちを見て、いつまでも自分の名前を呼ばれない事に焦りだけが増して行く。
それからイヴォンネとフレッドの名前が呼ばれた所で一息ついた王の様子を見たアルマンは、自分よりも一歩前に出ているクレアとアンジェロの背中を眺めながら、とうとう名前を呼ばれなかった悔しさに拳を握り締めた。
ここにいる全員が選ばれる訳ではないとわかっていたし、選ばれなかったからと言って劣っていると言うことではないと知っている。
誰かが討伐の旅に出れば、他の誰かが城を守らなければならない事も。
しかし、それでも襲って来る劣等感は否めなかった。
「最後に……、第四騎士団副団長、アルマン・ベルネック」
不意に名前を呼ばれて顔を上げると、王の真っ直ぐな瞳がアルマンをしっかりと捉えているのが見え、慌てて返事をすれば、それに応えるように頷いて見せた王は、
「優秀な騎士としても、勇者の剣の師としても貢献してくれたお主は、この旅に同行し引き続き勇者を支えて欲しい。この決定は、お主を見ていた各団長たちの意見だ。道中、剣について勇者が悩む事があれば、お主が必ず力になってくれると……、皆信じているぞ」
そう言って、穏やかに微笑んだ。
一瞬、何を言われているのか理解できなかったアルマンだったが、王の言葉が頭の中で噛み砕かれた事で、言い知れない高揚感に包まれる。
……王は……、いや、周りの人達は、思っていたよりも自分の事を見ていてくれたのか。
騎士団に入団して以来、数々の問題を起こして来た自覚はあるが、それ以上に国に貢献しても表立って褒められたり認められる事はなかった。
副団長に就任した時も、たまたま前任者が引退する事になって空いた穴を埋める為の要員だと、ずっと心のどこかで思っていた。
勇者と出会って問題を起こした後、彼に剣を教える事になったのも、償いの一つとして命じられたのだと思っていた。
しかし、それらは全て、卑屈になっていたアルマン自身の思い込みだったのだ。
王から直接言葉をかけられた事によって、重く淀んでいた心が軽くなる。
それからふと視線を感じてその方向を見やれば、ユウキがにこにこと嬉しそうに笑っているのが見え、つられて笑顔になりそうな所を堪えると、軽く咳ばらいをしてその場を誤魔化した。
(編成の発表を聞き終えた後、それについての異議の申し立てでシルヴィオとアンジェロの間に軽く一悶着起こったようだが、アルマン自身には関係のない話であると聞き流した事はここだけの秘密である)
軍編成の会議を終えて解散した面々がそれぞれの兵舎へ戻る途中、見知った顔がこちらへ歩いて来るのが見えた。
アルマンの苦手としている人物、セシリヤ・ウォートリーだ。
ここ暫く医療団に世話になる事も無かった為、久しぶりに見た彼女は少しだけ窶れたように思える。
少々気にかかったものの、あえて声をかける必要もないと気づかなかったふりをして通り過ぎようとしたアルマンだったが、意外にもセシリヤの方から声をかけて来た事によって強制的に足止めを食らう羽目になってしまった。
「アルマン副団長、お疲れさまです。編成会議、終わったんですね」
「ああ、たった今な」
短い会話の後、微妙な沈黙が流れて気まずくなったアルマンは、セシリヤから僅かに視線を逸らした。
「……アルマン副団長も、勇者様と一緒に行かれるんですか?」
「おう」
アルマンの短い答えに「そうですか」と返したセシリヤは、視線を床に落として何かを考えた後、再びアルマンの顔を見上げる。
何だか嫌な予感がして、咄嗟にセシリヤから距離を取る為に後ろへ一歩引こうとしたアルマンだったが、それよりも先に彼女の両手がアルマンの右手をしっかりと握っていて、逃げる事は許されなかった。
「アルマン副団長に、折り入ってお願いがあります」
正直に言えば、聞きたくないと言うのが本音だ。
けれど、無言を貫くアルマンの手を握るセシリヤの手は、聞いてくれるまで逃がさないとばかりに力が込められている。
このままでは右手が粉砕されるのではないかと言う恐怖がアルマンを襲い (実際そんな事はしないだろうけれど)、
「話は聞いても、それを叶えてやれるかどうかまでは約束できねぇからな……!」
しぶしぶ彼女の言葉に頷くことしか出来なかった。
【50】




