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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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……それでも、あなたは僕の味方でいてくれますか? -Yuki-Ⅲ【選択】⑧

「僕は……、皆さんが言う"勇者"なんかじゃないんです。だって……、僕は、ただ臆病なだけの人間で……っ、今も、自分が助かる事ばかり考えててっ……、この世界がどうなったって、僕には関係ないって思ってて……。あれだけ色々な人に親切にしてもらったのにっ……、僕は"勇者"なんかじゃなかったんですっ……」


 言いたい事は山ほどあるのに、上手く順序立て説明が出来ずにもどかしい。

 意味が通じているだろうかと不安げにセシリヤを見やれば、彼女は「ゆっくりでいいですよ」と静かに優希の言葉に耳を傾けてくれていた。


「……王様には助けたい人がいるって聞いたんです。"魔王"を倒せばその人達も世界も救われる。だけど、そうする為には……」


 ……僕が生贄にならなければならない。


 それを口にする事はどうしても憚られ、優希はそのまま口を噤んでしまった。

 沈黙が漂い、それを裂くような歓声が外から聞こえて来る。


「ユウキ様……」


 憂いを帯びた彼女の表情が、優希にはどこか責められているような気がして思わず目を逸らせば、



「……いっその事、私とこの国を出て行きませんか?」

「え……?」



 思ってもみない言葉に、優希の口から間の抜けた声が出た。


 彼女は今、何と言ったのか。


 理解が出来ずに唖然とした顔をしていれば、セシリヤは小さな笑みを浮かべて話を続ける。


「今から私と一緒にどこか遠くの国へ逃げて暮らすんです。きっと、王は何も言わずにユウキ様の気持ちを汲んで見逃してくれるでしょう」

「あの……、セシリヤさん……?」

「幸い、旅をするには十分なお金もありますし、ユウキ様にとって慣れない事はあるかも知れませんが、きっと苦労させることはありません」


 何でもない夢を語るように饒舌なセシリヤの雰囲気に押され、優希はどう反応を返せば良いのかわからないと狼狽える。

 それを知ってか知らずか、セシリヤの話は続いた。


「この世界には、私もまだ知らない国が沢山あります。旅をすれば、この国にはない素敵なものにも沢山出会えます。そうして一通り見て回った後、一番気に入った国で新しい生活をするんです」

「一番、気に入った国……」

「とても素敵だと思いませんか?」


 セシリヤの話術のせいなのか、それも悪くないかも知れないと思わず彼女の手を取ってしまいたくなる。


「ただ……、そうなってしまうと、ユウキ様を元の世界に帰して差し上げる事はできなくなってしまいますが……」

「……っ」


 けれど、代償を突きつけられて躊躇する程には理性が残っていた。


「でも、心配しないで下さい。私はユウキ様を置いて死ぬことは絶対にありませんから、ユウキ様の命が尽きるまで、傍にいると約束します。どんな事があっても、必ず……」

「待って下さい……! あの、それって……、死ぬことは絶対にないって、どう言う意味ですか……?」


 穏やかな笑みを浮かべて話すセシリヤの言葉に引っかかりを覚えた優希が即座に問うと、彼女は何を思ったのか服の背中にあるファスナーを降ろし始めた。

 一瞬何をしているのか状況を飲み込めなかった優希だったが、セシリヤが服を脱ごうとしている事に気が付くと慌てて止めに入る。


「セっ、セシリヤさんっ……、なななな何してるんですか!」


 しかしそんな優希の声も気に留めず、ファスナーを降ろしたセシリヤは両袖から腕を抜くと、胸の辺りまで衣服を降ろして見せた。


「ユウキ様。大変見苦しいものではありますが……、見ていただけますか?」


 慌てて見ないようにと両目を手で覆った優希だったが、セシリヤの声のトーンがいつものものに戻っている事に気がつき、恐る恐る両手を降ろして彼女へ視線を向け、そして目を見張った。


 セシリヤの胸の辺りに禍々しい文様がくっきりと浮いており、そこから蔦の様に文様の一部が伸びて肌を侵食している。


 下着で隠れている部分も恐らく、これと同じ状態なのだろう。


「セシリヤさん……、これは……」

「……呪いです。これがある限り、私は老いもせず死ぬことも出来ません」


 セシリヤは"呪い"としか言わなかったが、優希にはそれが何の呪いであるのかすぐにわかってしまった。

 三代目勇者の日記に描かれていた文様の一つとよく似ているそれは、恐らく、魔王にかけられた呪いだろう。

 王の言っていた恩人とはセシリヤの事だったのだと、優希はここで気が付いた。



 ―――周りの人間は老いない彼女を薄気味悪いと避け、後ろ指をさし蔑んだ。



 ふと、王の言葉が優希の脳裏を過った。

 この呪いのせいで、セシリヤは長い間ずっと苦しんでいる。

 それも探していた青年にかけられた呪いで、彼女にとってこれほど辛いものはないだろう。


「ユウキ様。もう少し、身勝手に生きて下さって良いんですよ? だって、ユウキ様の人生はユウキ様のものですから。"勇者"だからと責務に縛られず……、もっと自由にして下さって良いんです。あなたは"勇者"である前に、一人の人間なんですから」


 それでも恨み言一つも言わずこうして他人を気遣えるセシリヤは、一体何を心の拠り所にしているのだろうか。

 元の世界にいた頃の優希と少しだけ似た境遇にあっても (それ以上かも知れない)、セシリヤは逃げ出す事もなく強く真っ直ぐに立ち、前を向いている。

 唯一救いになるはずだった"勇者"が人々の期待を裏切ろうとしているにもかかわらず、彼女は非難する事もなく寄り添おうと手を差し伸べてくれた。

 この世界へ召喚された時から、セシリヤはいつもそうだった。

 苦しい時も、悩んでいる時も、彼女はいつも寄り添ってくれていた。

 本当に助けを求めるべきなのは、セシリヤの方なのに……。

 そんな彼女に恩を返す事もしないまま、目の前の現実から目を逸らして逃げるなど……、優希には出来るはずもなかった。



 ……理不尽な暴力や搾取を遠巻きから見ていた人間と、同じにはなりたくない。



 元の世界でもこの世界でも、自分は無力だと嘆く事は簡単だ。

 けれど、目の前の彼女を放っては置けない。

 優希は臆病な自分を奮い立たせるように拳を強く握ると、羽織っていたマントをセシリヤの肩にそっとかけ、リアンを抱き上げて部屋を出た。


「ユウキ様っ……!」


 少し遅れて後を追って来るセシリヤの声に振り返らないまましばらく歩き、目指していた場所が見えた所でようやく立ち止まる。

 外から聞こえていた歓声は、優希の動作に合わせるかのようにピタリと止んでいた。


 この世界は異世界から召喚された人間のせいで、歪なルールに縛られ続けている。

 そのルールをなくす事が出来れば、セシリヤのように長い間苦しんでいる人達も救われるのだろうか……。

 歴代の勇者では成し得なかった事を、自分には成す事が出来るのだろうか。



 ……いや、救って見せる、……絶対に。



「セシリヤさん……。僕は自分勝手な"勇者"になります。僕は"世界"を救わない。僕は、僕の為に……僕の救いたい人の為だけに、護りたい人の為だけに"勇者"になります。……それでも、あなたは僕の味方でいてくれますか?」


 二人を世界から切り取ったかのような、ほんの僅かな静寂。



「……はい、勿論です……、ユウキ様(勇者様)



 それを破ったセシリヤの声と表情は、とても穏やかで優しいものだった。

 もし、セシリヤが同意してくれなければ……いや、同意しなかったとしても、きっと優希は同じ選択をしていたに違いない。



 ……これは、臆病な僕自身との戦いでもあり、セシリヤさんのような人を救う為の戦いだ。



「セシリヤさん……、僕、行って来ます」



 セシリヤに見送られた優希が目の前の扉を押し開けテラスへ一歩踏み出すと、王が驚いたように振り返り目を見開くのが見えた。

 ギリギリまで悩み続けた結果、優希が逃げる事を選択したと諦めていたのだろう。



 ……王様、ごめんなさい。僕はあなたの願いを聞き入れた訳じゃありません。僕は、僕の為に"勇者"になるだけです。



 心の中でそう呟き視線を王から逸らすと、テラスの上から民衆の姿を見渡した。

 多くの期待に満ちた目に見守られながら、優希は一礼すると第一声を張り上げる。



「お集まり下さった皆さん、初めまして。僕が今代の"勇者"です―――」



 優希の発した言葉ひとつひとつに湧き上がる歓声。

 それに気圧されそうになるのを堪え、彼らの心を掴み揺さぶる言葉を選びながら演説を続けた。


 この世界に存在する歪なルールは、自らの命を懸けて終わらせると決断したのだ。


 ……もう、後戻りはできない。


【END】

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