……それでも、あなたは僕の味方でいてくれますか? -Yuki-Ⅲ【選択】⑦
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王との謁見後、特に何が変わる事もなく日々は過ぎて行った。
明日が期限の式典の日だと言うのに、優希の結論は未だに出ないままだ。
相変わらず周囲の人達に心配をかけているようだが、何があったのかと問われても優希に答えられるはずもなく、日課が終わった今日も一人で秘密を抱えて早々にベッドへ潜り込んだ。
……王が魔王になった青年と恩人を助けたい気持ちはわかる。だけど、僕には何の関係もない話だ。
"勇者"として召喚されたはずなのに、その実"生贄"であった事には落胆している。
王の身勝手な理由で召喚された事に対しては、少しだけ怒っていた。
けれど、王も自分と同じ異世界から召喚された人間であり、長い間この世界に留まりずっと秘密を抱えていた事には同情をしてしまう。
しかし、自らが"生贄"となり彼らを救って欲しいと言われれば、答えは否だ。
優希にとってこの世界は、何の縁もゆかりもないのだから。
……王様は断っても大丈夫だって言ってくれたけど……。でも、僕がここで嫌だと答えたら、この世界は滅んでしまうかも知れない。
城下で出会った花籠の少女も、この世界へ来て優希に優しく接してくれた人たちも、全て魔王の手によって殺されてしまうのだろう。
丁寧に治療魔術を教えてくれたユーリも、厳しいけれど的確なアドバイスをして様々な属性魔術を教えてくれたイヴォンネも、忙しい時間を割いて言語を教えてくれたシルヴィオも、粗雑で容赦なく稽古をつけてくれたアルマンも、……傍で寄り添い支えてくれたセシリヤも、皆。
……僕は、一体どうしたら良いんだろう。
眠れずに寝返りを打つと、足元で丸まって寝ていたリアンを起こしてしまったのか、小さな鳴き声が聞こえて来る。
「ごめん、リアン……。起こしちゃったね……」
起き上がっておいでと両手を広げると、リアンはふんふんと鼻を鳴らしながら優希の布団へ潜り込み、身体を摺り寄せまた小さく鳴いて何かを訴えた。
何を言っているかはわからないけれど、何となく心配してくれているような気がして思わず抱き締めると、そのまま横になって固く目を閉じる。
「……どうすれば、最良の選択になるんだろう。……どうすれば……」
小さなリアンの体温を感じながら何度も問答を繰り返しているうちに、優希の意識は徐々に薄れて行った。
次に目が覚めた時には、朝陽が辺りを照らし始めている時間だった。
耳を澄ませば、ドアの向こうから忙しなく走り回る足音や話し声が聞こえ、とうとう式典の当日が来てしまった事を理解する。
結局、優希の答えは出ていない。
ぼんやりと朝陽を眺めている内に、式典で着用する衣装や小物が次々と部屋へ運ばれて来る。
上等な生地で作られた衣服は、優希に合わせて作られたおかげでサイズもピッタリで非常に動きやすい。
装飾品は控えめに、けれど纏うだけでどことなく威厳と風格が出て来るようだ。
着替えを手伝ってくれたメイドにお礼を言うと、優希はしばらく一人にして欲しいと伝えて部屋に鍵を掛けた。
準備された朝食には手を付けないままベッドへ腰かけると、ベッドサイドの引き出しから三代目勇者の日記を取り出し、もう一度それを読み返す。
―――私たち異世界の人間は、この世界に存在する邪神と契約をさせるための生贄だった。―――
王から聞いた話と相違ない言葉の羅列に深い溜息を吐き出すと、日記を元の場所へ戻した。
……王様の恩人には悪いけど、僕が彼女を助ける理由は何もない。同じように、魔王になってしまった青年にも。この世界で王様が僕に良くしてくれた事には感謝しているけど……、命を賭けてまで助けるなんて、どう考えても無理だ。僕に、そんな勇気はない。
優希の脳裏に過る人々の顔を振り切るように頭を振って、ベッドに倒れ込む。
はじめから"勇者"になるなど、無理な話だったのだ。
元の世界にいた時も、息を潜めてただ時間が過ぎることばかりを考えていた。
抵抗すれば更にひどい目に遭う事を知っていたから、目立たないように隠れて過ごしていた。
普通の人間にすら立ち向かう勇気も持ち合わせていないのに、この世界で一体何が出来ると言うのだろう。
今まで支えてくれた人たちには申し訳ないが、王の願いを……、人々の希望を叶えてあげる事は出来そうもない。
「リアン……、僕にはこの世界を救う事も、たった一人の願いを叶える事さえも無理だったみたいだ」
ベッドに飛び乗ってきたリアンの頭を撫でながらぽつりと呟けば、不意に部屋のドアがノックされ、びくりと肩が揺れる。
恐る恐るドアへ近づき小さく返事をすると、セシリヤが様子を見に来たようだった。
一瞬、ドアを開けても良いか迷った優希だったが、今は一人でいるより誰かがいてくれた方が良い気がして、鍵を外しセシリヤを迎え入れた。
「ユウキ様、もうすぐ式典が始まります。準備はよろしいですか?」
「…………」
セシリヤの問いに答えられないまま俯くと、何かを察したらしい彼女から椅子へ座るように促される。
傍らで見ていたリアンも、セシリヤの勧めに同調するように頭で優希の足を押す仕草を見せ、されるがままに椅子へ腰を下ろすと、セシリヤが優希の前に両膝をついて顔を見上げた。
「……ここ暫く塞ぎ込んでいらっしゃったので、心配していました。もし、何か悩みがあるのなら……、私に話して下さいませんか?」
眉を下げてそう懇願するセシリヤに、"勇者"を辞退したいなどと言える訳がない。
優希がくちびるを噛んで目を逸らした直後、外からは大きな歓声が聞こえて来た。
今日と言う日を心待ちにしていた民衆が、開放された城の広場に集まっているようだ。
こんなにも"勇者"と言う存在に期待し、希望を見出している彼らを裏切ろうとしている自分が心底嫌になる。
膝の上に置いた両手を強く握り締めれば、そっとセシリヤの片手が重ねられ、もう片方の手は優希の噛み締めているくちびるに当てられた。
「そんなに噛み締めては、切れてしまいますよ」
優しくくちびるをなぞる手の温かさに安堵して全身の力が抜けると、堰を切ったかのように優希の口から言葉が零れて行く。




