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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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……それでも、あなたは僕の味方でいてくれますか? -Yuki-Ⅲ【選択】⑥

「私も、この世界に生贄として召喚された人間の一人だ。しかし、私を召喚した国の王は詳細を何も話すことなく、"世界を救え"としか言わなかった。私が言えた事ではないが恐らく、彼らにとって都合の悪い事実は隠されたのだろう。私がその事実を知ったのは"魔王"を倒した後だった」


 王も、同じ被害者であると言う事には同情する。


 けれどまだ、それだけだ。


 優希は静かに頷くと、王に話の続きを促した。


「着の身着のまま追い出されるようにして旅に出る事になった当時の私は、右も左もわからない世界でどうする事も出来ずにすぐ死にかけた。そんな時、偶然にもその恩人と出会い、衰弱した身体が元に戻るまでの間、身の回りの世話や生活の面倒まで見てもらったのだ。身元さえわからず、怪しいと野に放っておかれてもおかしくないはずなのに、彼女は何を言うでもなく受け入れてくれた。そんな彼女は当時の私にとって、唯一の支えだった」


 右も左もわからない世界。

 ほぼ路頭に迷ったと言っても過言ではない状態で手を差し伸べてくれたその人は、きっと王にとってはかけがえのない人……、恩人以上の存在になったのだろう。

 その人を語る王の口ぶりからは、それがよく伝わって来る。


「更に彼女から、自分以外にもこの世界に召喚されたらしい青年を助けた事があると聞かされ、居ても立っても居られなくなった私は旅に出る事を決めた。この世界に来たのは、"勇者"として"魔王"を倒す為だと語ってな。後にそれが、自分と周囲の人間に業を背負わす事も知らずに……」

「本来"邪神"と呼ばれるべきものが"魔王"と呼ばれるようになった理由は、それだったんですね」

「私の無知が招いた結果だ……。"勇者"を名乗る事によって業は生まれ、周囲を……、この世界を巻き込んでしまった」


 王は片手で顔を覆い、心の底から後悔しているようだ。

 優希は、王を責める気にはなれなかった。

 身勝手に召喚された挙句、何の説明もないまま放り出されたら、まだ自分と同じ年頃だったろう王の発言も行動も仕方ないと思えてしまう。

 きっと、この世界で自分を保つ為に必死だったのだろう。

 当時の王の状況に比べれば、かなり恵まれた環境にいる事を再認識すると共に、最大限の気を遣ってもらっていた事に気づかされた。


「彼女も私に賛同し、青年を探しながら共に旅に出ると言ってくれた。彼女が一緒に行ってくれると言うだけで、どれだけ心強かったことか……。それから行く先々で多くの仲間と出会い、無事"魔王"を倒し封印する事が出来たが、封印される間際に"魔王"は彼女に呪いを……、不老不死の呪いをかけたのだ」

「呪い……?」

「そうだ。その呪いによって彼女の人生は大きく変わってしまった。始めは神が彼女に与えた加護や奇跡と謳われていたが、時が経つに連れて周りの人間は老いない彼女を薄気味悪いと避け、後ろ指をさし蔑んだ」


 どの世界にも、一定数そう言う心ない人間がいる事を知り、優希はやるせない気持ちになった。

 かけられた呪いのせいで避けられ蔑まれる事になった王の恩人の気持ちは、状況は違えど優希には痛い程わかる。

 それも、呪いをかけた本人は彼女の探していた青年であると言うのだからこれ以上の悲劇はない。


「……あの……、呪いを受けてしまったその人は、"魔王"こそが探していた青年だと言うことに気が付いているんですか?」

「当時は私以外、誰も気づかなかった。だから、私はその事実をそっと胸の奥にしまい込んだのだ」


 王の恩人がその事実に気が付かなかっただけでもまだ救いはあったと、優希は胸を撫でおろす。

 もしもその事実を知ってしまえば、王の恩人は相当のショックを受けてしまうだろう。

 家族や知人、友人が天寿を全うして行くのに、自分だけが老いる事もなく延々と生かされている苦痛は計り知れない。

 不老不死など、物語の世界だけで十分だ。


「……だが、思いもよらない所から彼女にその事実は伝わってしまった。三代目勇者が、魔王の正体を彼女に話してしまったのだ」

「三代目勇者が……?」

「恐らく、三代目勇者にも私と同じように"魔王の記憶"が流れ込んで来たのだろう。もしかすると、二代目勇者もそうだったのかも知れない。彼が何も言わなかったのか言えなかったのかはわからないが、それに関して報告がなかった為に、私だけが"魔王の記憶"を見たと思い込んでいたのがいけなかった」


 日記でしか知らない三代目勇者。

 何を思ってその事実を王の恩人へ話したのかはわからないけれど、あまりにも他人の気持ちを考えていない軽率な行動に、優希は嫌悪感を覚える。


「私は、私のせいで"魔王"と言う業を背負った彼と、呪いをかけられてしまった彼女を助けたいのだ。ただそれだけの為に何度も異世界から人間を召喚した。彼らを助けられる条件の揃った人間を探し、身勝手な理由で何度も。私は、皆に崇め讃えられる"勇者"などではないのだ!」


 そして何より、目の前にいる王が自分と同じくこの世界に"生贄"として召喚された人間である事を隠し、たった一人でその秘密を守り続けて来た事を気の毒に思った。


「どうして、事実を僕に話してくれたんですか?」


 何も言わず、歴代の勇者と同じようにただ担ぎ上げれば良かったのではないかと問えば、王は力なく首を横に振った。


「老い先の短い私が異世界から人間を召喚するのは、これで最後だ。そしてお主は、歴代の勇者たちとは違って"邪神"を消滅させる為に必要な力を十分に持っている。それ故に……、私はお主を必然的に命の危険に晒してしまう事になる。お主を見殺しにする気はさらさらないが、その方法が確実に成功すると約束できないのも事実。そんな状態で何も知らされず、何の覚悟をしないままお主を旅に出すのは、あまりにも非道だと考えたからだ」


 今の私に言えた事ではないがな、と付け足した王は僅かに自嘲する。


 邪神と契約を交わした人間から邪神を引きはがす方法は、今現在契約している人間よりも強い生命力と魔力を持った人間と契約をさせる事だと日記には書かれていた。

 まさに優希がそれに該当するのだろう。

 しかし下手をすれば優希が新たな"魔王"になってしまう可能性もある危険な賭けだ。

 そうなってしまえば、この世界を救うどころか滅ぼしてしまう危険性もある。

 そんな賭けに素直に応じる人間が、果たしていると思うのだろうか。


「……もし、僕が嫌だと言ったらどうするんですか?」

「その時は……、その時だ。お主が心配する事は何もない」


 選択する権利はあくまでも優希にあると微笑んだ王の顔はとても優しく、こんな時でも自分の事を考えてくれているのかと、少しだけ心が痛んだ。

 しかしだからと言って簡単に首を縦に振る事は難しく、優希は悩んだ末に時間が欲しいと答える以外に言葉が出て来なかった。

 王はその言葉をすんなり受け入れると、式典ギリギリまで考えれば良いと言って、優希の手をそっと握る。

 皺だらけの枯れ枝のような手だった。


「……お主の選択がお主自身を苦しませないよう、最大限力になると約束しよう。例えお主がどんな選択をしても、だ」


 あの日記に書いてあった通り"生贄"としての役目を果たすのか、それともこの世界で積み上げたもの全てを投げ出して逃げるのか……。

 優希にとって、人生で初めて重大な選択を迫られていた。



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