……それでも、あなたは僕の味方でいてくれますか? -Yuki-Ⅲ 【選択】②
「おいコラ、余所見なんてしてんじゃねぇぞ!」
アルマンの声で我に返った優希は、振り下ろされた剣をすんでのところで避けた。
僅かに安堵の息を吐きかけた所で、すかさずアルマンからの追撃が仕掛けられる。
右上から左下、左下から右上へ軽やかに動く剣をギリギリで避け、変則的に入る突きに翻弄されながら、最後の一振りを刃で受け止め払おうと力を入れた直後、がら空きだった優希の脇腹に容赦ない蹴りが入った。
蹴りの衝撃でその場から転がるように吹っ飛んだ優希が態勢を整えようと動いた直後、目の前に剣の切っ先が突き出されて思わず息を飲む。
「ぼさっとしてんじゃねぇ! 攻撃の方法は剣だけじゃねぇんだ。魔術を交えて剣を扱う奴もいるし、剣なしで腕が立つ奴もいるんだ。一瞬の隙が命取りになる。身体全体が武器だ、覚えとけ!」
「はっ、はい! すみません……!」
怒気を含んだアルマンの声に反論の余地はないと、俯いて両手を握った。
「……ちゃんと傷の手当てしとけよ」
アルマンが乱暴にタオルを差し出した事に気が付き顔を上げれば、「今日の稽古はこれでおしまいだ」と優希の頭にそれを被せて稽古場を去って行く。
アルマンの姿が見えなくなってから溜息を吐き出すと、優希は蹴られて痛む脇腹に眉を顰めた。
「……痛っ……。また、セシリヤさんに心配されちゃうな……」
覚えた治療魔術で傷を治しながら、心配そうな顔をするセシリヤを思い浮かべてもう一度深い溜息を吐き出した。
ここ二~三日、魔術の授業も剣の稽古にも身が入っていないのは、優希自身が一番よくわかっている。
原因は、三代目勇者の日記だ。
三代目勇者が書き残したあの日記には、この世界に関する重大な事実が書かれていて、中でも”魔王と勇者”についての事実が優希の心に重く圧し掛かっていた。
―――ここに書き残した事は、私が”魔王”と実際に対峙した時に流れ込んで来た”魔王の記憶”と、この国で古書を扱う本屋で見つけた禁書に指定されているロガールの文献が根拠だ。
ただの憶測にすぎない部分もあるけど、もし、次の勇者がこの日記を見つけたら、これを読んでしっかりと自分の置かれている立場を考えて欲しい。
私たちは、皆が崇め讃える勇者なんかじゃない。
私たち異世界の人間は、この世界に存在する邪神と契約をさせるための生贄だった。
異世界人が持つ特別な魔力や生命力は邪神にとって強大なエネルギーになるらしい。
更に邪神は、強い願望を持つ魂を好むとあった。
その願いを叶える事をエサに、契約をもちかけるそうだ。
この世界で"魔王"と呼ばれるものの正体は、邪神と契約を交わした異世界の人間……、千月晴馬と言う青年だ。
王様は、彼を助けるために何度も召喚を行っているのだと思う。
邪神を消滅させる為には、契約をしている人物を凌ぐ魔力と生命力を持つ人間を新たな生贄として差し出し、新たな契約を結びなおす直前のほんの一瞬の隙を突くしかない。
そんなこと、普通に考えてほぼ不可能だ。
それが失敗に終われば、身体を乗っ取られて新たな"魔王"と呼ばれる存在になってしまうかも知れない。
冷たい事を言うようだけど、私に魔王となった人物を凌ぐ魔力と生命力が無かったことが幸いだった。
王様もそれを解っていて魔王を封印に留める剣を私に渡したのだ。
そしてまた青年と■■■■(黒く塗りつぶされていて読めない)を呪いから解放する為に、次の勇者と呼ばれる生贄を召喚するのだろう。
勝手な理由で召喚された立場からすれば迷惑な話だ。
きっと、次の勇者も魔王と対峙すればこの事実を知ると言うのに……。
馬鹿な王様。
だけど、知らんふりを出来ずにこんな日記を残す私もきっと馬鹿だ。
私なりに邪神について書かれた本を調べたけど、ほぼ邪教徒の間に口承でのみ伝えられているらしく、はじめに書いたものと三体存在していると言うこと以外ほとんどわからなかった。
でも、三体存在していると言うのなら、他の邪神と契約を交わした人間もいるのではないかと言う可能性が少なからず出て来る。
仮に邪神と既に契約している人間がいたとして、その人間が別の邪神と契約を乗り換えると言うのなら多少望みがない訳でもない。
だけど実際、そんな人がいるのかどうかもわからないし、もしいたとしても、迫害される事を恐れて隠れているかもしれない。
それに見つけられたとしても、簡単に引き受けてくれるはずがない。
契約には必ず代償と制約がついて来る。
それが何かもわからないのに、誰が引き受けてくれると言うのか。
これを読んでいる新たな勇者へ。
生贄としてその役目を果たすのか、それとも拒絶するのかの選択は慎重にしなければいけない事を覚えていて欲しい。―――




