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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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けれどそれらを、持ち合わせてなどいなかった -Joel- 【隠秘】②


 セシリヤは、幼い頃に両親を亡くしており、他に身寄りがないままたった一人でストラノ王国の外れにある小さな家で暮らし、両親の遺してくれた心もとない財産を少しずつ切り崩しながら生活していたと言う。

 ある日、商品の仕入れで近くを通りがかったジョエルの母親が、幼いセシリヤを偶然見つけ、その生活の異常さに驚いて保護をしたそうだ。

 けれど、そんな生活をしていたせいか妙に大人びていたらしいセシリヤは、まだ赤ん坊だったジョエルを抱える母親の元で世話になり生活することを頑なに良しとせず、根負けしたジョエルの母親は、毎日一回は店に顔を出すことを条件にセシリヤを小さな家へと帰したのである。

 勿論、毎日一回店に顔出すと言うのは子供だったセシリヤを言い包める理由であり、顔を出せば温かい食事を出し、身なりを整え、帰りにはたくさんの食べ物を持たせ帰してくれていたと言う。

 突然店が無くなるまでのたった一年足らずの話であったが、ジョエルの母親に育ててもらったようなものだと、セシリヤは懐かしそうに目を細めた。

 そして、優しさと正義感に満ち溢れていたジョエルの母を尊敬していると、もう戻らない時間を振り返りながら、知る限りのこと全てをジョエルへ話し続けたのだった。


「本当に、素敵な人だったよ、ジョエル」


 全てを語り尽くしたのか、セシリヤは最後にそう言って口を閉ざす。

 無言の空間ですら、何故だか心地良い。

 初めて会ったにも関わらず、どこか懐かしいと思えたのは、話の途中で何度も「ジョエル」と呼ぶ優しい声のせいだったのかも知れない。


「いつか私も、彼女のようになりたい……」


 棺が埋葬され、冥福の祈りを捧げると、彼女は何かを決意したかのように村を後にした。


 その日、ジョエルの両親を手にかけた人間は、何者かによって討たれたと聞いている。




*




 セシリヤは、強かった。


 あれから数年後、ロガール騎士団に入団したジョエルはセシリヤと再会した。

 彼女は第七騎士団に所属し、最前線での戦闘を臆することなく遂行し、同団の他の騎士にも引けを取らずに強かった。


 彼女の振るう剣には、迷いがなかったからだ。


 己の全てをかけ、己の正義をかけて戦地で戦う彼女は美しいとさえ思った。

 そして何より、彼女は無益と思える闘いは決してしないのだ。


「護るものがあって、初めてそこに私の正義はあるんだよ、ジョエル」


 そう言って笑うセシリヤに、母の姿を幾度重ねたことだろうか。

 いつしかその重ねていた母の姿さえも、セシリヤ自身となり、その輝きは増すばかりだった。

 いつも近くにあるその光が、ジョエルに優しく降り注ぐことが、嬉しかった。


 ……彼女と共に在りたい、と。

 この輝きが永遠に続くように、と。

 ジョエルはそう、願っていた。



 しかし、その願いはいとも容易く打ち破られた。

 あろうことか、セシリヤ自身の手によって。




*




 セシリヤが戦場で自刃し未遂に終わったと言う信じられない報せを受けたジョエルは、すぐさま彼女が運ばれたと言う医療棟の一室へ足早に向かい、扉を押し開けた。


 殺風景な白い小さな部屋。


 設置されているベッドの上に上半身を起こし、窓から外をぼんやりと眺めている彼女は今までとはまるで別人のように儚く、放っておけば今にも消えてしまいそうだった。

 何か彼女に声をかけなければと、懸命に言葉を探したジョエルだったが、


「……どうして、私……、生きているの?もう、全部、終わらせるはずだったのに……、どうして、死なせてくれないの……?」


 思いもよらぬセシリヤの言葉に激高し、彼女に手をあげてしまった。


「君は、一体何を考えているんだ!!」


 自分でも信じられないくらいに声を荒げて。

 叩かれた頬の痛みに手をあてることもなく、セシリヤはただ呆然と自分の両手を見つめていた。


 何故、生きているのか……。

 何故、存在しているのか……。


 まるで、ここにいてはいけないと言っているかのような彼女の瞳には、ジョエルの姿は愚か、この世界など何も映されていないかのようだった。

 そんなセシリヤを、ジョエルは知らない。

 今まで感じたことのない彼女の異変に、ジョエルの心は焦りを増した。


「一体、戦場で……、君に何があったんだ……」

「……」

「何故、こんな愚かな真似を……っ……」


 何も答えない、何も映してはいないセシリヤの瞳から、音も無く涙が零れ落ちた。

 それに気が付いたジョエルは、先程セシリヤの頬を叩いてしまった反対側の手で涙を拭う。


「……すまない。そんなことを言いに来た訳ではないんだ」


 何故セシリヤがこの様な愚かな行動に出たのか理由を問う前に、無事でいてくれて良かったと伝える前に、手をあげてしまったことを後悔した。


 彼女の涙は、ジョエルが理由を知る術を失ったことを意味していたからだ。

 セシリヤは、その理由を話すことでジョエルを苦しませてしまうことを解っているのだ。

 そして、同時にそれがセシリヤには耐え難い苦痛であることも。

 悟ってしまったジョエルは、それ以降、彼女に理由を問うことをやめた。

 理由を知っても、今更起こってしまった事実は覆らない。

 理由を知っても、砕けたセシリヤの心は、輝きは戻らないのだ。


「私は、君が無事でいてくれて……、生きていてくれて良かったと、心から思っているよ…」


 せめて、この言葉だけはセシリヤの傷ついた心に届くように、彼女が落ち着くまで消えてしまいそうな身体を抱き締めた。



 後に、復帰を果たしたものの最後の希望までもを失ってしまった彼女は、程なくして騎士団を退団することとなる。 




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― 新着の感想 ―
[良い点] 次々と各キャラごとに視点が変わり、 色んな角度から物語を表現している部分が良いです。 まあ人によっては、少し分かりにくいという方も 居るかもしれまんが、自分はこういう感じの 群像劇は好きで…
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