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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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自分の傍にいる人の為だけでも良いから役に立ちたいと思うのは傲慢なんだろうか -Yuri-Ⅵ【無力】③


 *



 シルヴィオとの交換条件が成立してから二日後、ユーリの手元にはあの本が戻って来ていた。

 きちんと保管されていたようで、特に目立った傷もなかった事に安堵しながら、両腕で抱えユウキのいる部屋に向かって行く。

 今日は治療魔術の勉強は組み込まれていない日であったが、一刻も早くこの本をユウキの元へ届けたいと言うユーリなりの気遣いだった。

 昼を少し回ったこの時間は休憩のはずだと、はやる気持ちを隠せないまま小走り気味で目的の部屋へ踏み入れば、丁度食事を終えたらしいユウキがユーリの顔を見て驚いていた。


「ユーリさん、どうしたんですか? 今日は治療魔術の勉強はなかった日だと……」

「ユウキ様! これ……、ユウキ様が使うのと同じ異世界の文字だと思うんですが、見ていただけますかっ?」


 ユウキの言葉を遮ってしまったのは良くなかったかも知れないが、抱えている本をすぐにでも見て欲しい一心で差し出すと、ひどく驚いた彼の顔が目に入る。


「……確かに、これは僕のいた世界の文字で間違いありません」


 恐る恐るユーリから本を受け取ったユウキは、パラパラとページを捲って軽く目を通して確認する。


「多分、ユウキ様と同じ世界から召喚された勇者様が遺して行ったものだと思います。時間がある時にでも読んで見てはどうでしょうか。魔王討伐の旅に役に立つ事が書いてあるかも知れません!」

「あの……、でも良いんですか? 貴重な資料になってるんじゃ……」

「いいえ! 書庫の本に紛れていたのを見つけたので、そう言う訳でもなさそうです。それに、置いてあっても王以外読める人はいませんから、それならユウキ様が持っていて下さった方が意味があるんじゃないかと思って……」


 実際、長い間陽の目を見る事無くあの書庫の本棚に置いてあったのだから、今更持ち出されていたとしても問題はないはずだとユーリが説明すれば、ユウキは「それなら遠慮なく」と嬉しそうに本を受け取ってくれた。



 ……少しでもこの本がユウキ様の慰みになってくれれば良いな。



 ユーリはこの上ない満足感に満たされていた。

 何の取柄もないただの一医療団員の自分が、ユウキ(勇者)の為に何かを出来たと言う事に。


 それから翌日、翌々日と、ユウキは本に書かれていた内容をユーリに教えてくれた。

 本の内容は、どうやら三代目勇者が遺した日記のようだった。

 異世界で初めて体験した魔術の話や、今までとは全く異なる生活に戸惑っていた話、それから恋の話まで (ここは詳しく教えてはくれなかった)綴られているそうだ。

 三代目勇者が今まで以上に身近に感じられる話を聞きながら、この本を見つけて良かったと、ユーリは改めて思う。



 ……こんなに楽しそうに話をしてくれるユウキ様は、初めて見た。



 この世界へ来た当初の怯えた姿と、どことなく遠慮している姿しか見た事がなかったユーリにとっては、それがとても新鮮に目に映る。

 魔王討伐の道中も、この本が彼の支えになってくれれば良いと、そう願った。


 しかし、その日を境にユウキの様子が少しずつおかしくなって行った。


 魔術の練習をしていてもどこか上の空で、剣技の鍛錬でも集中出来ないのか怪我が今まで以上に増えている。

 食事も残すことが多くなり、セシリヤもマルグレットも心配してしょっちゅう様子を見に来る程だ。

 何より、あれだけ楽しそうに話していた本の内容について一切触れなくなってしまったのだ。

 本の内容に関係しているのだろうかとそれとなくユーリが訊ねてみても、言葉を濁して何でもないと首を横に振るばかりで、どうする事も出来ない状態が続いている。



 ……もしかしたら、あの本を読んでいる内に元の世界へ帰りたいと言う気持ちが強くなってしまったのかも知れない。



 そうだとするのなら、自分はまた余計な事をしてしまったのかも知れないと、ユーリの不安は募るばかりだった。


 気晴らしに来た書庫で何となく手に取った本を眺めては見るものの、頭の中はユウキの事でいっぱいで、一文字たりとも入っては来ない。

 読む事を諦めたユーリは本を閉じると、元にあった場所へそれを戻し、書庫へ来た時に開けた窓を閉めようと窓際へ向かうと、窓の外に見知った姿を見つけて声をかけた。


「シルヴィオ団長、何をしていらっしゃるんですか?」


 壁に手を当てて何か考えごとでもしていたのか、いつになく真剣な顔をしていたシルヴィオは、ユーリに気が付くとすぐにその表情をいつもの人好きのする笑顔に変えて、窓の近くまで歩み寄って来た。


「別に何かしてたって訳じゃないんだけど……、まあ、団長なんて肩書を持ってると、色々あるんだよ」

「……そうなんですね。お疲れさまです」


 どことなく誤魔化された気もしないでもないが、これ以上突っ込むのも野暮だろうと何となく同意を示して窓を閉めようとすれば、意外にもシルヴィオの方から呼び止められる。


「こんな事をキミに聞くのもなんだけど……、ここ四~五日、ユウキくんの様子、おかしくない? 心ここに非ずって言うか……。何か悩み事でもあるのか聞いても、”何でもありません”の一点張りでさ。キミ、何か聞いたりしてない?」


 セシリヤも心配しているからと続けたシルヴィオの言葉に、ユーリは視線をどこにやって良いのかわからず彷徨わせた。


 やはり、誰が見てもユウキの様子は明らかにおかしいようだ。

 そしてその原因は恐らく、あの渡した本にあるのではないか。


 ユーリはこれ以上一人でその罪を抱える事は出来ないと、シルヴィオに懺悔するかのように経緯を説明した。


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