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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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自分の傍にいる人の為だけでも良いから役に立ちたいと思うのは傲慢なんだろうか -Yuri-Ⅵ【無力】②

 珍しく、早くに目が覚めた休日だった。

 ここ最近忙しかった医療団での仕事もひと段落し、今日と言う休日はゆっくり昼まで惰眠を貪る予定だったのだが、思いの他身体は毎日の習慣を覚えているのかユーリを休ませてはくれなかった。

 二度寝しようにも既に太陽は明るく天と地を照らしていて、そのまぶしい輝きに刺激されたのか、ユーリの眠気は吹き飛んでしまったようだ。

 仕方なしにベッドから這い出ると、身支度を済ませてから簡単な朝食を取り、書庫へ向かう。

 城下へ行って古書を見ても良いと思ったのだが、ロガール国内で数多くの古書を扱っていた店は、数日前の火事で焼け落ちてしまった為に断念した。

 随分と古くからこの国で店を構えていたようで、きっとそこには貴重な古書がいくつもあったに違いない。

 こんな事になるのなら、もっと早くにその店へ行っておくべきだったと後悔しながら、辿り着いた書庫の扉を押し開ける。

 埃と黴臭さに混じった古い紙独特の匂いがユーリを出迎え、まずは空気を入れ替えようと窓を開け放した。

 籠った空気が外へ逃げ、新鮮な空気と入れ替わるのを感じ取りながら、しばらく開けたままにして置こうとその場を離れると、書庫の端から順番に本を吟味して行く。

 端にあるものから適当に読んでも良かったのだが、折角こんなにたくさん本があるのだから、読みたいと思ったものから手にする方が良いと考えた結果の行動だった。


 そして、同時にユーリは思い出したのだ。

 以前、この書庫で見つけた”読めない文字で書かれた本”の存在を。


 目まぐるしい日々が続きすっかりその存在を忘れていたが、ユーリはその本を解読しようと書庫へ持って来た後、怒り狂ったフレッドに呼ばれてそのまま置いて行ってしまったのだ。



 ……もしもあの本がユウキ様と同じ”異世界から来た勇者様”の遺して行ったものであるなら、少しは彼の慰みになるかも知れない。



 そう考えたユーリは、あの時本を置きっぱなしにした机を確認するが、既にそこには何も見当たら無かった。

 よく考えればあれから暫く時間も経っているのだ、偶然ここへ来た誰かがそれを見つけて本棚に戻してしまったのかも知れない。

 またあの本を見つけた時のように、端から本棚を調べて探さなければならないのかと思うと眩暈がしそうだが、ユウキ(勇者)の為になるのならと気合を入れて一番端の棚から調べ始めた。

 右から左、左から右へと何度も往復しながらの確認作業は容易ではなく、朝から探し始めたと言うのに一向に見つかる気配がない。

(これだけ多くの本があるのだから分かってはいたが、心が折れそうだ)

 突き刺すような太陽の輝きが柔らかく滲み出した頃、書庫の三分の一程を調べ終えたユーリは両手両膝を床につけて項垂れていた。



 ……無理。



 その一言に尽きる。

 膨大な本があふれるこの書庫で(しかも整理整頓だってされていない)、たった一冊の本を見つける事がどれほど難しい事か。

 書庫のどこかにあると言う前提で探していたが、誰かが持ち出したり処分した可能性もあると言う事をどうして考えなかったのだろう。

 自分の間抜けさに溜息を吐いて立ち上がった直後、


「ねえ、キミ、さっきから何してるの?」

「うわぁぁああっ!」


 背後からかけられた声に驚いて、ユーリは思わず悲鳴を上げてしまった。

 そんなユーリの姿がおかしかったのか、声の主は笑いを堪えきれずにくすくすと笑っている。

 確か前にもこんな事があったような気がするなと、恐る恐る顔を上げれば、


「シルヴィオ団長……っ」

「またこんな所で会っちゃったねぇ」


 以前と同じように、シルヴィオが笑顔で立っていた。

 まだ笑いが収まらないのか口元を手で覆うシルヴィオに向かってに軽く溜息を吐くと、ユーリの不機嫌を感じ取ったのか「ごめん、ごめん」と軽く謝罪される。


「別に、キミの事を監視してたわけじゃないよ? たまたま用があってここに来ただけ。そしたら、本棚に張り付いてる人影が見えて、暫く眺めてたら突然四つん這いになって項垂れるし……、何してるのかなぁって思ってさ」


 一部始終見ていた訳じゃないから安心してと付け足したシルヴィオは、ユーリの横を通り過ぎると開いていた窓に近づき、何度か周囲を見渡して何かを考える素振りを見せた後、静かに窓を閉めた。


「……で、何をそんなに落胆してたの?」

「えっ……?」


 てっきりさっきの挨拶程度の話で終わったものだと思っていたユーリは、突然のシルヴィオの問いかけに驚き固まってしまう。

 けれどシルヴィオの方はと言えば、まだ話は終わっていないとばかりにユーリの言葉の続きを期待しているように思えた。

 あの本を置きっぱなしにしてしまい、それを探している事を相談しても良いのだろうかと悩んだユーリだったが、ここで一人で悩んでいるくらいなら恥を忍んで相談する方が数倍良いと決断する。


「あの……、実は、以前シルヴィオ団長に見ていただいた本をここに置きっぱなしにしてしまって、それを探していたんです」

「ああ、アレのことか……」


 どうしてあの本が必要なのかまでは聞かないで欲しいと思いながら、ユーリはシルヴィオの返答を待った。


「あの本、今は僕の手元にあるよ。多分、キミが置きっぱなしにした後だろうね。偶然置いてあったのを見つけたから、一応預かっておこうと思って」


 シルヴィオの返答は意外なものであったが、あの本を彼が預かっているとは幸運だ。

 ユーリはすぐに返して欲しいと頼み込んだが、その願いに対してのシルヴィオの反応はあまり良いものとは言えなかった。


「返してあげたいのはやまやまなんだけど……、一応僕も第二騎士団の団長なわけじゃない? 情報収集の一環として異世界の文字を解読してみようと思ってね。ほら、もしかしたら魔王に関する重要な事が書いてあるかも知れないし、調べない訳にも行かないでしょ? だからすぐに返す訳には行かないんだ。ごめんネ」


 謝罪しているわりには随分と心がこもっていないように思えたが、この際そんな事はどうでも良い。

 あの本が元の世界を恋しがっているかも知れないユウキの慰みになるのなら、プライドなどかなぐり捨てでも手に入れたいと、ユーリは床に両膝と両手をつけて頭を下げる。

 それに困惑したらしいシルヴィオが顔を上げるようにと言うが、ユーリにも簡単に引けない理由があるのだ。


「お願いします、その本がどうしても必要なんです!」

「いやいや、ちょっと……、一回落ち着こうよ? ね?」

「譲って下さるなら、何でもするので……! どうか、お願いします!」


 静かな書庫にユーリの声が響き、その残響が消えた数秒後。


「……もう、わかった! わかったから顔あげてよ!」


 ユーリの懇願に、深い溜息を吐き出したシルヴィオは降参とばかりに両手を上げて見せる。


「まあ……、僕もキミに後々やってもらいたい事があるし……、交換条件で成立って事で良いよ」

「……っ、ありがとうございます!」


 渋々ではあったが本を譲ると言ってくれたシルヴィオに、ユーリは再び頭を下げた。


 しかしこの時のユーリには、シルヴィオの口端が僅かに上がっている事など知る由もなかったのである。



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