自分の傍にいる人の為だけでも良いから役に立ちたいと思うのは傲慢なんだろうか -Yuri-Ⅵ【無力】①
「ユウキ様、すごいですね……! もう初級の治療魔術は完璧ですっ!」
「ユーリさんが一生懸命に指導して下さったおかげですよ」
治療魔術を使えるようになってからと言うもの、ユウキの成長はユーリの目から見ても著しいものだった。
勉強を始めた当初、何の反応も示す事がなかった魔術が今では嘘のように扱えるようになっていて、その伸びしろに興味を持ったイヴォンネが直々に指導しに来る程だ。
ユーリが教えている治療魔術も今では中級程度のものになっていて、教えれば教えるだけユウキはそれらを吸収して行く。
更に、どんな称賛にも驕る事なく感謝を忘れない彼の姿は、いつか本で読んだ、清らかで美しい心を持つ勇者そのものだった。
「本当に、召喚された勇者様は素晴らしい方ばかりですね」
「……そう言えば、他の勇者はどう言う人だったんですか?」
「僕も本でしか読んだ事はないのですが、ユウキ様の前に召喚されたのは女性の勇者様だったそうです。治療魔術が得意で、困っている人を放って置けないと手を差し伸べて下さる、聖女のような方だったとありました」
挿絵にあった美しい黒髪の勇者の姿を思い出しながら本に書いてあった内容を更に掘り起こし、続けて二代目勇者の話をすれば、ユウキは興味深そうに耳を傾けていた。
「初代勇者だった王はこの世界に留まり魔王の動向を監視し続けていますが、二代目、三代目の勇者様は魔王を倒した後には元の世界に帰ったそうですよ」
「元の、世界に……」
何気なくユーリが発した言葉にユウキの声のトーンが下がり、それに気づいて慌てて口を噤む。
……何で余計な事を言っちゃったんだろう。
ここ最近のユウキは召喚された時とは打って変わって、話しかければ明るく答えてくれるし、こちらの生活にも慣れて余裕が出来たとばかり思っていた。
けれど、よく考えて見れば彼には魔王を倒すと言う目標があって、やらなければならない事が山積みなのだ。
生活に慣れて余裕が出来たのではなく、忙しくて余計なことを考えている暇がない……、もしくは考えないようにしていたのかも知れないのに、「他の勇者は元の世界へ帰った」などと軽はずみに言って良い言葉では無かった。
勇者と言えど、ユウキはユーリよりは年下の少年だ。
元の世界が恋しくないわけがない。
ちらりとユウキの顔を盗み見ると、彼は眉を下げて笑い、
「僕も、魔王を倒したら元の世界に帰れるんでしょうか……」
そうぽつりと呟いた。
「かっ、帰れますよ! 絶対に帰れます! だって、他の勇者様は帰る事が出来たんですから……! 絶対に、大丈夫ですっ!」
ユウキの不安そうな顔を見ていられずに思わずそう言っては見たものの、絶対などと言う保証はどこにも無い。
彼の不安を取り除きたいが為だったとは言え、あまりにも無責任な発言だと気が付いたユーリは、自分の度重なる失言に呆れた。
足下でじゃれついていた子猫も何かを察したのか、机の上に飛び乗るとユウキの方へすり寄って行く。
小さく鳴いてユウキに頬擦りするリアンが彼を慰めているように見えてしまい、更に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
何か言わなくてはと口を開きかけたが、また失言してしまうのではないかと思えば思う程に言葉が出て来ない。
部屋に漂う微妙な空気を変える何かが起きないだろうかと神頼みに近いことを考え始めた頃、タイミング良く部屋のドアがノックされ、不自然な勢いで返事をすれば、セシリヤがユウキの食事を持って来たようだった。
「ユウキ様、お勉強お疲れさまです」
セシリヤが机の上にトレーを置くと同時に、ユウキの顔が少しだけ歪んだ気がして、ユーリが首を傾げていれば、
「セシリヤさん……、何か、あったんですか?」
そんな声が聞こえ、つられるようにセシリヤの顔を見た。
普段と変わらないように思えたが、よく見ると目元が赤くなって少し腫れているような気がする。
本当に、少しだけ。
それこそユウキの指摘が無ければ気がつかない程だ。
よく人を見ているなと感心しながらも、何があったのか気になったユーリは特に何も言わず二人の動向を見守る事にした。
「いいえ、何もありません。ここ数日、何かと忙しくて……、あまり眠れていないせいかも知れません。ご心配ありがとうございます」
「……そう、ですか」
そう言って笑ったセシリヤの言葉に嘘はない。
彼女の言う通り、ここ数日で医療団は大忙しだった。
普段の業務に加えて長期任務から帰還した第二騎士団の騎士たちの治療、二日前の晩に城下で起こった火事の被害に遭った人達の治療までをこなしていて、現在医療団に在籍している人数を考えると、負担はかなり大きかった。
マルグレットやフレッド、セシリヤのように高度な治療魔術を使える人間は特に貴重で、駆り出される事も多くなるのだから尚更だ。
何か手伝いたいと思っても、与えられた仕事で手一杯のユーリには何も出来ないのが現状で、歯噛みするばかりだった。
加えて、一番近くで仕事をしているはずのセシリヤの小さな変化にも気づけないなど、あまりにも情けなさすぎる。
いつもいつも、他の誰かが指摘してから気づく自分の鈍さに嫌気がさしてしまう。
床に視線を落として小さな溜息を吐き出し、再びユウキとセシリヤに視線を戻せば、ユウキがセシリヤに治療魔術を施しているのが見えた。
誰でも使える初級魔術であるにもかかわらず、ユウキがそれを施していると特別なものに感じてしまう。
「すみません……、烏滸がましい真似をしてしまって」
「いいえ……、ありがとうございます。ユウキ様に治療をしていただけるなんて、光栄なことです。この事は、生涯忘れません」
「生涯……!? それならもっと高度な魔術を覚えてからにすれば良かった……!」
和やかなやりとりをする二人を眺めながら、何となくここにいる事が場違いなような気がして居た堪れなくなった。
誰かの役に立ちたい。
騎士学院に入った切っ掛けは、ただ読んだことのない本を読みたかったからと言う不純な動機であったが、今では強くそう思うようになっていた。
けれど、いつもやることなすことがすべて裏目に出てしまうのだ。
……だけどそれでも、自分の傍にいる人の為だけでも良いから役に立ちたいと思うのは傲慢なんだろうか。
ユーリのくちびるから再び零れた溜息は、誰にも届く事無く消えて行った。
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