.キミはまた、あの時みたいに笑ってくれるのかな -Silvio-Ⅴ【齟齬】⑤
一番考えたくなかった答えに辿り着き、思わず頭を抱えてしまう。
仮に誰かがそうであったとして、一体いつから、どうやって騎士団に潜り込んだのだろうか。
建国した当初は誰でも志願すれば騎士団に入団できたようだが、現在は騎士学院を出なければ騎士団に入団する資格は得られない。
故に、その裏切者は騎士学院を出ているはずなのだ。
だとすれば、その人物の計画は念入りにされていた事になる。
それも王の作ったチェーンを壊せる程の力を隠し持っているのだから、浅い年月ではきかないだろう。
表向きは王に誓いを立て力を隠しながら、虎視眈々とその機会をうかがっていたのだ。
非常に質の悪い相手である。
そこまで考えた所で一旦休憩をしようと椅子から立ち上がると、ポケットから折りたたまれた紙が落ちた事に気づき、拾い上げた。
昼間にイヴォンネから他よりも優先して調べて欲しいと言われていた依頼だ。
アイリのノートの解読にかまけてすっかり忘れていたと、何気なくその折りたたまれた紙を開けば、ロガールの地図とその上に点と線が結びつけられた文様が目に入って来る。
その文様の既視感に気づいたシルヴィオは、すぐに閉じられたアイリのノートのページを捲り始めた。
まさかそんなはずはない……、見間違いだと頭のどこかでこの現実を否定しながら、辿り着いたページにシルヴィオの希望は打ち砕かれる。
三つの文様の一つは、シルヴィオの手の平にあるものだ。
更にもう一つは、セシリヤの胸元にあった"魔王"の痣に似ているものだ。
そして残りの一つが、イヴォンネから預かった紙に描かれている文様と一致していた。
以前、結界が薄くなっていると報告を上げた個所の点を線で結び浮かび上がったその文様は、ロガール城を中心として広がっている。
勿論、建国祭で破壊された結界もこの文様をかたどる一部となって。
この文様が"三体目の邪神"を意味するのであれば、事態は非常に複雑になって来る。
消える魔物は魔王が作り出したものであるとは限らなくなり、また、この三つ目の文様を持つ邪神が誰と契約しているのかと言う謎も新たに出て来てしまう。
裏切者と思われる人物が魔王を崇拝しているのか、それともこの邪神と契約をしているのか、はたまた契約者は別にいてそれを崇拝しているのか。
それによって、今後の対策も考えなくてはならない。
いずれにしても、この謎が解決しないまま"魔王"を倒しにユウキらが旅立った場合、戦力を削がれた国が心配だ。
いくら有能な騎士たちを残したところで、邪神と契約した人物が襲ってきたらそれに太刀打ちできるとは到底思えない。
下手をすれば国が滅び、魔王討伐すら失敗に終わる可能性も出て来てしまう。
まとまらない考えと、未だにわからない首謀者への苛立ちが募る。
はっきりとしている事は、ユウキが生贄としてこの世界に召喚されていると言う事と、三体の邪神が全て誰かしらと契約を交わしていると言う事だけだ。
手袋に隠されている文様を握りつぶすように拳を作り勢いに任せてテーブルを叩けば、大きな音は静まり返った部屋の空気に溶けて消えた。
シルヴィオの脳裏にちらついたのは、何の邪念もないユウキの顔だ。
異世界から連れて来られた、頼りない少年。
彼は、優しすぎるくらいに優しい純粋な少年だ。
全く無関係な彼をこの世界の事情に巻き込むなど、残酷すぎる。
もしもこの事実を知った時、彼は歴代勇者の比ではない重圧と恐怖に耐えられるのだろうか。
それとも、事実を伝えられないまま生贄にされてしまうのだろうか……。
現時点で少年は何も知らない。
シルヴィオ自身が幼い頃、あの孤児院で生活していたように……。
そんな彼を憐れまずにはいられなかった。
もっと別の方法で解決できる手立てはないのかと、一縷の望みをかけて止まっていた手と頭を働かせてページを捲る。
慣れない文字に指先を当てながら懸命に読み解き、文字の羅列の中に浮かび上がったアイリの推測とも思える文章を見つけ、それを理解したシルヴィオは、凍り付いたかのようにその場から動くことが出来なかった。




