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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第二部

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その涙を拭う事すら出来ないまま -King-Ⅳ【落涙】③

「何故、知っている事を黙っていたんだ……?」


 フシャオイが発した言葉は、単純で純粋な問いかけだった。

 怒っている訳でも責める訳でもなく、ただ、セシリヤがその事実を抱えていた理由を知りたかった。

 僅かにセシリヤのくちびるが震え、それから、



「……ハルマが魔王になってしまったのは……、私のせいだからです」



 静かな部屋に溶けて消えた彼女の言葉に、フシャオイは思わず自分の耳を疑ってしまう。


 ……今、彼女は何と言ったのか?


 驚きですぐに反応が出来ないフシャオイの様子に、セシリヤは話の続きを促していると捉えたのか、その先の言葉を続けた。


「ハルマと出会ってから暫くは一緒にあの小屋で暮らしていました。彼はストラノ王国から追われていた為に危険な目に遭う事もしょっちゅうでした。剣や魔術も使い慣れていなかった彼はいつも傷だらけで……、でも、必ず私の事は守ると約束して、躍起になっていました。もしかしたら、異世界に残して来てしまったと言う”妹”と私を重ねて見ていたのかも知れません」


 今まで聞いたことのない、セシリヤと彼の話だった。

 魔王となった彼と対峙したあの時に断片的な記憶が流れ込んでは来たが、セシリヤの話はより鮮明且つ現実的で、二人が生活をして行くうちにどれだけお互いを信頼し合っていたのかが良く伝わって来る。

 ストラノ王国から追われていた彼は、使い慣れない剣や魔術を必死に覚え、幾度となく送り込まれて来る刺客をたった一人で退けていたのだろう。

 疲弊して行く彼の心を支えていたのは恐らく、この世界で唯一手を差し伸べてくれたセシリヤだ。

 自分と似て非なる境遇の彼に、思わず同情してしまう。


「そんなある日、私が体調を崩して高熱を出してしまいました。何日も続く熱に、ハルマはこれ以上放っておくのは危険だと判断して医者を呼んで来ると言いました。でも、町へ出るのはハルマにとって危険が多すぎると反対しました。けれど、彼は一切聞き入れてくれず……私は……、」



 "ハルマのわからず屋! 大嫌い!"



 そう言い放ってしまったのだと、セシリヤは言葉を詰まらせる。

 泣くのを必死で堪えているのか僅かに肩を震わせ、一度唇をきつく噛み締めると、真っすぐにフシャオイを見つめ直し話を続けた。


「そんな事、微塵も思っていなかったのに……。軽率で、浅はかでした。その言葉が酷く彼の心を傷つけてしまったんです。満身創痍になりながら、懸命に二人の生活を守ってくれていたハルマに、言って良い言葉ではなかった。彼が帰って来たらすぐに謝らなければと、そう思っていたのに……。その日を境に、ハルマは二度と帰って来ませんでした」


 セシリヤの話から察するに、その後、彼の身に何かが起こったのだろう。

 もしかすると、追手に見つかり何らかの形で魔王たる"根源"と"契約"を交わす事になってしまったのかも知れない。

 そして、その力を制御出来なかったと考えるのが妥当だろう。

 "契約"が強制であったのか、彼自らの意思であったのかはわからないが、何れにしてもタイミング的にセシリヤにとっては非常に悪かった。

 これでは、セシリヤが自分を責めてしまうのも頷ける。


「何故魔王になってしまったかまでの経緯はわかりません。でも、私のせいです! 私があんな事を言わなければ……、貴方も……、歴代の勇者たちも、この世界に召喚される事はなかったのに……! 大切にしていた人達も、傷つけられる事はなかったのに……!」

「セシリヤ、それは違う! お前は何も悪くない!」


 私が悪いのだと嘆くセシリヤの言葉を、フシャオイは否定した。


 彼女は、何も悪くないのだ。

 そもそも異世界人を召喚したストラノに原因があって、その他の全ては、偶然なのだから。

 そして、その偶然を"業"と言う形で彼らに背負わせたのはフシャオイであり、責められるべきはフシャオイただ一人であるのだ。


「この世界には、元々魔王も勇者も存在していないのだ! 私が勇者と名乗ってしまったばかりに、魔王と言う業を彼に背負わせてしまった……! はじめから、勇者など……魔王など、存在していないのだ……!」

 

 ……私達異世界人は……、ただの、”生贄”だ。


 あの酷く醜い亡国の王の手によって、この世界へ偶然にも召喚された生贄なのだ。

 勇者などとは名ばかりで、何の力も持たないただの人間なのだ。

(異世界から来た事によって多少なりとも特別な力を持ってはいたが、それはあくまでもこの世界において"異物"である事の証明でしかない)


 そう言いたいのに、どうしてもその言葉を口に出す事は出来なかった。

 もしもそれを話してしまえば、セシリヤは優希に危険が及ぶことを察してしまう。

 そうなれば、ますます彼女は彼女自身を責めらずにはいられなくなるだろう。


「例え……、例えそうであったとしても……、ハルマが”魔王”であると言うのは覆せない事実でしょう?」


 セシリヤの言葉に、何も言い返せなかった。

 "勇者"と名乗ってしまった以上、どんなに違うと訴えた所で、彼が"魔王"であると言う事実は覆らない。

 業を背負い、背負わせてしまったが為に、それは永遠に変わる事はないのだ。


「王……、お願いです。今回の魔王討伐の際は、私も同行させていただけませんか? ユウキ様の護衛として……いいえ、役職や立場なんてどうだっていい。彼が魔王であると確証を得た今……、私は、どうしても彼の元に行かなければならないんです!」 

「それだけは、許可するわけには行かない」

「何故ですか!?」


 静かな寝所に響いたセシリヤの訴えに被せるように拒否をすれば、彼女は拳を握り締めて叫ぶように問う。


 彼女の問いに対する答えは至極簡単だ。

 セシリヤを討伐に同行させれば、彼女がその身を危険に晒す事は目に見えているからだ。

(最悪、魔王と刺し違えようと無謀な行動を起こすかも知れない)


 けれどその答えは飲み込んで、フシャオイは冷静に言葉を選びながらセシリヤに問いかける。


「お前がその場へ行って、一体何が出来る?」


 この言葉は、取り乱している彼女の言葉を封じるには十分だった。

(恐らくフシャオイの考えている事は当たっていたのだろう)


「……私は……、」


 セシリヤの言葉はそれ以上続くことはなく、何度も開きかけては閉じてを繰り返すくちびるからは、言葉にならない音だけが漏れる。

 もどかしさからかセシリヤの両手の拳が更に固く握りしめられ、それ以上力を込めれば傷がつくと手を延ばそうとした直後、後ろに控えていたアンヘルがそっと彼女の手を取り拳を開かせた。


「セシリヤ……、お前が魔王に会った所でどうなると言うんだ。まさか魔王が正気に戻るとでも言うのか? 魔王になった原因がお前のせいであるなどと言う証拠もないのに……、思い上がるなよ」


 アンヘルが発した言葉は厳しかったが、声音はそれに反して酷く優しいものだった。

 開いた両手に傷が無いことを確認したアンヘルは、労わるようにその手を放すと再び後ろへ控える。


「アンヘルの言う通り、こればかりはお前を連れて行った所で何の解決にもならない。今必要なのは、あの少年の力であってお前ではないのだ」


 セシリヤにとっては残酷な言葉であったが、そこに嘘はなかった。

 魔王たる”根源”を滅する為に必要なのは、膨大な魔力と生命力を持った優希だ。

 優希こそが討伐の要であり、そこにセシリヤは一切関係ない。


「余計な事は考えずに少年を見守る事が、今のお前に出来る事だ」


 その言葉を最後に、セシリヤの瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。

 長い間、たった一人で堪え続けて来た彼女の涙は、とても儚く、けれど重たいものだった。

 罪悪感に苛まれ続けて来た年月を思えば、それも当然だろう。


「すまない、セシリヤ……。どうか、わかってくれ……」


 彼女もフシャオイの手によって業を背負わされた、被害者の一人なのだ。

 止め処なく涙を流し続けるセシリヤに、フシャオイもアンヘルもかける言葉が見つからず、部屋には嗚咽だけがこだまする。


「……だが、これだけは信じて欲しい。何があっても、お前と”彼”を助けると……」


 手を延ばし、その涙を拭う事すら出来ないまま、夜は静かに更けて行くのだった。



【END】

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