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【完結】異世界追想譚 - 万華鏡 -  作者: 姫嶋ヤシコ
第一部

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けれどそれらを、持ち合わせてなどいなかった -Joel- 【隠秘】①

 彼女が本当に求めているものは、その砕けて闇に沈んだ心に差し込む、強い光。

 その絡みつく鎖を引き千切ることのできる、強い力。

 けれどそれらを、彼は持ち合わせてなどいなかった。





【07】






 ジョエルは星を眺めていた。


    ―――この星空を、種族関係なく皆が眺めながら美しいと言って生きて行ける世界に、いつかきっとなるわ。


 そう、話していた人の声を思い出しながら。

 明るく、太陽のような笑顔で周囲を照らしていたその人の顔を思い出しながら。


 不意に部屋に近づいて来る気配を感じて窓を閉めると、ジョエルはゆっくりと扉へ歩み寄る。

 獣人との混血である故か、夜の帳の中でも音や気配を察知することなどジョエルにとっては容易い。

 静寂と薄暗い闇に包まれたこの場所に近づいてくる気配は、間違いなく、彼女。

 日付は既に変わっていて、疲れているのか、僅かにふらつくような歪な足音がする。

 迷い無く向かって来る気配を迎え入れるかのように扉を引けば、崩れ落ちるように彼女が身体を滑り込ませてくる。

 微かな月明かりが、無遠慮に部屋に差し込んだ。


「……ジョエル団長」


 抱き止めた身体を支えながらジョエルが開いたままの扉を閉めると、再び部屋は薄暗い闇に包まれ、

 

「今は勤務時間外だよ、セシリヤ」

「……ジョエル」


 諭すように聞かせると、セシリヤは顔を上げて名前を呼んだ。

 ジョエルの穏やかな微笑みと共に、暖かな手がセシリヤの頬を撫でる。

 安心したように目を閉じて再び彼の胸に顔を埋めると、セシリヤは深い溜息を吐き出した。


「何か、あったんだね」


 何も答えず小さく左右に首を振るセシリヤの頭を、ジョエルが優しく撫でる。

 セシリヤがこうしてジョエルの元へやって来るのは、彼女の身に何かが起こり、それによって心に傷や喪失感を抱いた時だと決まっている。

 宥めるように彼女の頭を何度も撫でながら、ジョエルは何もしてやれない自分への苛立ちと胸の痛みに眉を顰めた。


 いつからセシリヤは、変わってしまったのだろうか。

 いつからセシリヤは、輝きを失ってしまったのだろうか。


 今にも闇に溶けて消えてしまいそうなセシリヤの熱に、微かな焦燥感を覚える。

 以前の彼女ならば、この闇を全て消し去ってしまうほどに眩しく輝いていたのに……。





*

*

*




 しめやかに執り行われた葬儀が終わっても、ジョエルは目の前のふたつの棺から離れようとはしなかった。

 ただ目の前で眠る両親を見つめ、怒りとも悲しみともつかない感情に心を支配されていた。


 二人は、この世界では相容れることの無かった人間と獣人だ。


 けれど、その垣根を越え迫害から逃れた先のひっそりとした小さなこの村で慎ましく暮らしていたのだが、森で道に迷っていると言う人間を親切心からここへ招き入れてしまった事で、悲劇が起きてしまった。

 恩を仇で返され、ジョエルを護るために犠牲になってしまった父と母。

 優しく美しく、そしてあまりにも悲しい運命を辿った二人の喪失は、どんなに大きなものだったろう。

 いつか、どんな種族も差別されることなく幸せな世界が来ることを信じていた両親の夢は、陽を見る事無く闇へ沈んで行った。

 冷たい二人の手は、もうジョエルの頭を撫でることも、手を握り返すこともない。

 突きつけられた現実が、あまりにも痛い。

 棺に入れられていた母親の手を、強く握った。


「助けられなくて……、ごめんなさい」


 突然かけられた言葉と共に、両親の棺に白い花がそっと置かれ、ジョエルはハッと振り返る。

 見紛うことなく、その姿は人間だ。

 母と同じ種族、両親を殺した種族。

 棺に眠る両親に気を取られていて、ここへ近づく気配を察知することができなかったと、警戒しながら構えれば、


「あなたが、ジョエル?」


 問いかけに頷くと彼女はセシリヤと名乗り、ジョエルが警戒している事に苦笑しながら、彼と同じように棺に眠る母の手を握った。

 特に敵意も無く、けれど他の人間と同じように蔑むわけでもない彼女は、母とは一体どう言う関係だったのだろうかと首を傾げる。

 友人と言うには、母よりも随分と年若いような気がするし、自分とそう変わらない年のようにも思えたが、まさか、隠し子……と言う訳でもないだろう。

 そもそも、何故彼女は自分の名前を知っているのか。

 疑問に首を傾げていると、それに気が付いたのか、


「私ね、小さい頃にお店をやっていたあなたのお母さんに、お世話になっていたの」


 あなたにも一度だけ会った事があるのだけど、と話した彼女は再び棺の中の母へ視線を戻した。

 彼女の話は、おそらく事実だろう。


 昔、母はストラノ王国で店を構えており、人間に迫害されていた獣人である父を助け匿っていた。

 母は父が獣人だと言って差別することもなく、父も助けてくれた母が人間だからと拒絶することも無く、徐々に互いを知って惹かれた二人の間にジョエルを授かったと言う。


「でも、ある日突然、お店もなくなっちゃって……、どこに行ったのかも分からなくて。ここは、本当に偶然通りがかった村だったけど……、また、あなたに会えて良かった」


 ジョエルが生まれた後も暫くはストラノ王国で生活をしていたが、どこからか獣人がいると噂になった事で国を追われ、ここへ逃げ延びたと聞いている。

 彼女の話に矛盾はないと判断したジョエルが警戒を解き、両親の為に手向けられた花の礼を述べると、


「良かったら、あなたのお母さんとの話、聞いてくれる?」


 彼女の微笑みは、いつか故郷で出会った小さな少女の話をしてくれた母と、どこか似ているような気がした。

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