そう遠くない未来の話だ -Silberto-【黎明】③
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まだ朝日も昇らぬ早朝。
部屋の外から聞こえて来た足音で浅い眠りから目が覚めたシルベルトは、薄暗い自室のベッドから身体を起こすと僅かに扉を開き外の様子を窺った。
こんな時間に人が出歩くことは稀で、何か緊急事態でも起こったのかとも考えたが、そもそもそんな事態になれば第一に団長へ伝達が来るはずだと思い直し、足音を立てる人物に視線を寄越せば、
……アルマン?
時折眠たそうにあくびをしながら緩慢な足取りでどこかへ向かう人影がアルマンである事を確認すると、シルベルトは素早く寝衣から着替えてその後を追った。
別に、アルマンが何かをやらかすのではないかと言う心配をした訳ではないのだが、ここ毎日不機嫌そうである事を考えると、その可能性がないとも言い切れない。
事前に防ぐ事も重要だと、あくまでもアルマンの様子を確認するだけと言う名目を心の中に掲げ、一定の距離を保ちながらついて行く。
それから程なくして辿り着いた場所は、無人の鍛錬場だった。
どうやらシルベルトが心配するようなことはなさそうだと、鍛錬場に入って行くアルマンの背を見送り部屋へ戻ろうと踵を返した直後、
「お……、おはようございます……っ!」
「うるせーんだよ! 聞こえてるわ!」
アルマンと、もう一人別の誰かの声が聞こえて思わず足を止めて振り返る。
シルベルトの視界に飛び込んで来たのは、一人の少年だ。
木製の剣を手に取りダルそうにしているアルマンから随分と距離を取っている少年は、騎士にはふさわしくない剣の振り方を恥じる事無く披露し、時折アルマンにどやされながらも指示された通り懸命に剣を振っていた。
騎士団内でも見覚えのないあどけなさの残る顔と不慣れな剣の扱い方。
彼こそがアルマンが接近禁止命令を出されている件の少年であり、且つ勇者であるとすぐに理解したが、シルベルトはすぐに彼らを引き離そうと動くことはなかった。
シルベルトが見ている限り少年はアルマンに怯える事も無く、むしろ尊敬の眼差しを向け指示に従っていたし、アルマンも面倒だと顔に出してはいたが、指示も的確で初心者にも理解しやすい様に剣の扱い方を教えているようだ。
出会いこそ最悪であった二人だが、何の偶然かは知らないけれど、こうして改めて顔を合わせて共に稽古をしている所を見れば、存外相性が良いのではないだろうか。
暫く二人の様子を見守っていれば、不意に人の気配を感じて振り返る。
「随分お早いですね、シルベルト団長」
「……セシリヤ・ウォートリーか」
予想外の人物の登場に若干動揺しつつ平静を装い、再び視線を鍛錬場内の二人へ戻せば、
「時々こうしてユウキ様とアルマン副団長は、剣の稽古をしているようですよ」
一体いつからこんな事をしていたのだろうかと言う疑問を持ってセシリヤを見やれば、心の内が伝わったのか彼女もわからないと首を横に振って見せた。
「こんなところを他の騎士達に見つかれば、アルマン副団長の立場だってますます悪くなってしまうのに……、律義ですよね」
約束をしている訳でもないのにわざわざ来てくれるなんてと続けたセシリヤは、穏やかに微笑んで剣を振る二人を眺めている。
その顏は曾祖父から送られてきた写真の中の人物とよく似ていて、じっと観察していれば、彼女の視線がシルベルトのものとかち合い、不躾だった事に気づいて思わず視線を逸らすと、
「できれば……、秘密にしていただけませんか?」
「……は?」
「ユウキ様は、朝の稽古の時間を随分と楽しみにしているようなので……」
そう言ってこちらの様子を窺うセシリヤに、どう答えるのが正解であるのか、また、自身はどう判断し行動すれば正解であるのか考える。
規律に則るのであれば、答えは否だ。
接近禁止命令が出ている以上、離れているとは言え同じ空間にいる事さえ本来では許してはいけない。
しかし、勇者である少年はアルマンを恐れてはいない上に、アルマンとの稽古を楽しみにしていると言う。
この世界で絶対的な存在である勇者がそれを望んでいると言うのなら、彼女のささやかな願いを簡単に否定する事は出来ないのも事実だ。
思案するシルベルトを見つめるセシリヤの瞳は揺るがない。




